小説 | ナノ


  埋められぬ溝だとしても



額に七つ並んだ黒十字の聖痕。
なめらかな灰色の肌。
少し長めの天然パーマの髪を撫でつけた男は、突如襲ってきた刃を、


「うぉぉぉあっぶねえええ!!」


間一髪でかわした。
男のすぐ横を勢い通過したそれは壁に突き刺さり、ビィィィン…と震え、その衝撃を物語る。
さあっ、と顔を青ざめさせたが生憎灰色の肌のせいでよく分からない。
僅かに切れた頬から伝う血に男が気を取られていると、影がもぞ、と動き、一瞬で彼を縛り上げるように拘束する。
“万物の選択”という能力を持っている男でも、このイノセンスの拘束だけは解くことができない。
ぎりぎり、と全身を締め上げるそれに苦しげに眼を細めながら男は、この影の能力者に目を向けた。


「こんなところに居たんだな、名前」


『馴れ馴れしいですよ、ミック卿』


まさに一触即発、どちらが優位かだなんてことは分かり切っているようなものだが、それでも名前は決して警戒を解こうをしない。
それどころか、壁に突き刺さっていた六幻を消し去ったかと思うと、断罪者――ジャッジメント――を創り出し、がちゃり、と重々しい音を立ててその銃口を男の米神に押し当てた。
普段の名前からは想像できないくらいの殺気、威圧感。
その場をあの手この手でおさめたエルヴィンの手腕は見事としか言いようがないだろう。
一時は安堵の息を漏らした一同だったが、今さらながら後悔している。
あの時、さっさと始末してしまえばよかったかもしれない、と。


「名前ー、」


『…何ですか』


「いや、暇だったからただ声かけただけ」


『…私は忙しいです。何か本でも読んで適当に時間を潰していてください』


「えー、だって俺この世界の文字読めねーし」


そう言って廊下をスタスタと歩く名前の後ろについて歩いているのは、ノア化を解き、人間として活動しているときと同じ姿をしている男、ティキ・ミックだった。
勿論潔癖所のリヴァイが視界に入れても大丈夫なように身なりは整えられてはいるのだが。
ティキがどうしてこちらに来てしまったのか、何でもロードの遊びに付き合っている最中に誤って扉に落ちてしまったらしく、戻るすべが見つからないのだという。
名前が不信感全開で彼を見てしまうため、リヴァイ達も彼女のその警戒心につられ、同様に彼に不審な視線を向けていたのだが。
彼女と彼の間に交わされた”契約”なるもののおかげか、最初の頃よりはスムーズなコミュニケーションが可能になった。
最も、彼が一番コミュニケーションをとりたいと思っている相手にはことごとく敗れているようだが。


「ね、俺との約束」


『約束じゃありません、契約です。あと少しだけ待っててください。そうしたら相手します』


「じゃあその間名前の部屋に行ってもいいか?」


『………どうぞ』


何でこんな男相手に、という不満が聞こえてきそうなくらいその端正な顔を歪め、ティキを自分の部屋、副兵士長室へと連れて行く。
対して彼は嬉しそうに鼻歌なんて歌い乍らついていくものだから、すれ違う兵士たちはあまりにも表情の違う2人に戸惑う。
何より、名前がリヴァイと共にではないということが一番大きいだろう。
正式に付き合っているという訳ではないが、リヴァイが名前に向ける行為はあからさま、と言ったら聞こえはあまりよろしくないが、誰の目にも明らかなものなのだ。
リヴァイがこんなことを知れば速攻で引きはがしに来るはずなのに、そのリヴァイが現れる気配がないのだ。
いつもならば一体どこ嗅ぎつけてるんだと言いたいぐらいのグッドタイミングで現れるというのに。
そんな兵士たちの思考など露知らず、2人はただ目的地に向かって歩き続ける。
名前に至っては手に持っている書類に軽く目を通しながら歩いているものだから、ティキとの会話を全面拒否しているということを全面的に押し出しているようなものなのだが。
恐らく態とであろう男は、名前に何の抵抗もなく話しかける。


「ほんと、名前はいろんな奴らから愛されるな」


『…何が言いたいんですか?』


「んー?俺にも愛されてるんだよってこと」


語尾にハートでもついているんじゃないかと錯覚してしまいそうなくらいに上機嫌な声色。
だがティキを”敵”だと認識している彼女には関係なく、
はあ、そうですか、と、いつもならば照れてる様子を見せるはずの名前の声色はまさに無感情。
全く信じられていないと分かるその反応にティキは少しだけ悲しそうな表情を浮かべたが、振り返らない名前は気付かず、そのままドアノブに手を掛けた。


「遅かったな、名前」


『、リヴァイさん?』


がちゃり、と開けたその先には、いつも通りきっちりとした格好のリヴァイが我が物顔でソファに座っていた。
別にその行為は初めてではないために『どうかしましたか?』と尋ねるものの、リヴァイの視線は名前ではなく、彼女の後ろについてきたティキに向けられていた。
…あまりにも鋭くて、一般兵だったら卒倒しそうなものだったが。


「兵長さんがなんでここに?」


「そりゃこっちの台詞だ。なんでテメェが名前と一緒に居やがる」


「俺?俺はほら、暇だから名前に相手してもらおうと思って」


「テメェが暇でも名前は暇じゃねぇんだよ。一人で楽しく遊んでろ」


「うわなにそれ、一人で楽しく遊ぶって俺ただの痛い奴じゃねーの」


名前はティキの意識がリヴァイに向けられている間にと椅子に座り、いつも以上の速さでペンを走らせる。
仕事が終わるまで部屋に居てもいいから大人しくしていろと入ったが、この男がそんなのを守るわけがない…連れてきてしまった時点で邪魔されるのは確定だった。
勿論誤字脱字に気を付け、字も汚くならないように配慮して。
カリカリカリカリ…とひたすらペンを走らせている傍らで、男たちが言い争いをしているとは気づかぬまま。


「テメェと名前の間に交わされた”契約”のことは知ってる。だがな、それはテメェが好き勝手に行動してもいいってことにはならねえんだよ」


「それくらい分かってるよ。だからそんなに好き勝手に行動してないだろ?」


「テメェの好き勝手の基準が分からねえな。名前が迷惑そうにしてるのが分かんねえのか」


「分かってるさ。でもしょうがなくね?向こうじゃ俺らが現れた時点でもう敵として排除しあう関係…ここでもなきゃ、俺が名前に近づくことなんて叶わないんだから」


そう肩をすくめるティキ。
敵でありながらも名前を好いている男にリヴァイは目を細めるが、ティキは平然と彼のにらみを受け止めている。
エクソシストの中にもノアの中にも目つきの悪い連中はいるから、きっと慣れてしまっているのだろう。


「俺としては名前が俺と一緒に来てくれれば一番なんだけどさ」


「名前から聞く限り、こいつを落としたのはテメェらの親玉なんだろうが」


「あぁ、千年公?千年公だって名前がこちら側に来てくれれば異世界に飛ばすなんて真似はしなかったさ。でも名前が強情だからなあ」


『私は強情でもなんでもありませんよ』


ぱさっ、と処理し終えた書類を机の上に投げ出した名前が会話に割り込んでくる。
どうやら、少し前から会話を聞いていたらしく、呆れたような表情を浮かべながら椅子から立ち上がり、貰い物の紅茶を淹れようとするが、そのまえににゅっ、と伸ばされたティキに腕を掴まれ、彼の隣に座らされた。


「書類整理終わったんだろ?」


『紅茶ぐらい淹れさせてくれませんか』


「紅茶なんて部下に入れさせればいいじゃん」


『あなたたちの様に何でも言うことを聞くAKUMAを使役しているわけではないので』


「もー、辛辣だなあ」


「その手を離せ、」


黙って名前とティキのやり取りを見ていたリヴァイだったが、どうやら我慢ならなかったらしい。
名前の隣に腰掛けたと思ったら、彼女の体ごと引っ張って自身の膝の上に載せてしまう。
あっ、と小さく声を漏らしたティキには気付かないふりをして、リヴァイはティキに凄んで見せた。


「確かに名前はテメェと、俺達の命を天秤にかけて契約を交わしたが…あんまり調子に乗るんじゃねえぞ」


『、リヴァイさん…』


リヴァイの言う“契約”。
それは彼の言うとおり、リヴァイ達、この壁の中に存在する善人類の命にかかわるものであった。
“名前がティキ・ミックに対し危害を加えない限り、彼も人類に対して危害を加えてはならない”
ノアである彼の力をもってすれば、あんな分厚い壁だって壊してしまうのは容易い。
加えてここには、ノアを、AKUMAを抑制する力を持つエクソシストは名前たった一人だけ。
彼が元の世界に帰るまで、人類の安全を保障するために設けられたこの契約は、大勢の命を守るために交わされたものだった。
ティキに関しては「そんな契約しなくたって名前が嫌がるだろうからやんねーのに」とは言っていたが、『何もしないよりはこっちの方が安心します』という彼女の言葉に一蹴されて結ばされたものだった。
ティキが提示した契約ではないが、了承した彼はにやり、と笑ってみせる。


「実質名前に守られてるようなやつに何言われたって怖くないね」


『ミック卿!』


「…んだと?」


「それにスペックだって俺の方が上だし?」


身長はリヴァイよりもずっと高い、甘さを含んだマスクは微笑めば、数多くの女性を虜にしてしまう。
物腰だってやろうと思えば柔らかだし、会話だって彼との方が断然弾むだろう。
自覚がないわけではないが、その事実を突き付けられてもリヴァイは決してひるんだりはしなかった。


「周りからの信頼からいったら俺のほうが断然上だがな」


「あっ、テメッ…!」


「信頼してない奴を好きになんかなるか?ならねえよなあ」


にやっ、と笑ったリヴァイは、未だ膝の上に載せられている名前の腰に手を添える。
恥ずかしそうな表情をしているがまんざらではなさそうな様子の名前を見てしまったティキは舌打ちをしつつも、更なる反撃をと口を開いた。
名前を取り合う上での言い争い。
見る限りどちらに軍配が上がるかなんてことは分かり切っているが、それでもティキが諦めるようなことも、リヴァイが余裕を見せるなんてこともない。
二人とも必死なのだ。
最後に愛しい人を抱いているのが自分の腕であるために、と。



(…リヴァイさん、そろそろ離してもらっても…)
(ほら、嫌がってるじゃねーの)
(名前に付きまとうテメェのほうが迷惑だ。さっさと失せろ)
(わ、ひっでー)
(…ミック卿、あとで五十音表渡すから自分で勉強してください)
(せめて口頭で教えてよ!?)


ティキとリヴァイで名前の取り合い、でした…!
AKUMAとノアには名前ちゃん容赦ないです←
リヴァイとティキの言い争い、ほぼ名前ちゃんが蚊帳の外の扱いという…彼女を巻き込もうかと思ったのですが、巻き込まないほうが辛辣になるかと思いまして(あまり辛辣にもなってませんが…)
初めてティキを書きましたが…ティキってどんな口調だっけ!?とあわあわしながら書かせていただきました!似非になってしまい申し訳ありません!!
50000hit企画参加ありがとうございました!
これからも嘘花をよろしくお願いします^^*

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