小説 | ナノ


  獣を呼覚ます一杯



※沖縄

ビッグママのいないバー。
どうやら2〜3日開けるらしく、名前が店を預かっていた。
とは言え彼女がいない以上実質休み。
入り口には内側から鍵が掛けられていて、その扉には"Close"と書かれた札が下げられている。
そんな中、いつものウェイター姿ではなく、黒のYシャツを着た名前がシェイカーを振っていた。
俺はその前のバーカウンターに座り、シャカシャカとリズミカルに振られる其れをBGMに、目の前の名前を見つめていた。


『…そんなに見られるとやり難い…』


「なーに言ってんだ。いっつもこれ位見られてるだろ」


『そんな東亜みたいに凝視する人なんていないよ…』


いや、いる。
唯、いつもは気を張り詰めて仕事をしてるから気にならないだけだろう。
ウェイターなんてそんなに気張ってやる仕事じゃないと言うのに。
そんなことを言ったら、『やる以上はしっかりやりたいし、』というまぁ名前らしいっちゃあらしい返事が返ってきた。
というより、いつの間にウェイターの仕事など覚えたのだろう。
まだ未成年のはず、なんだが。


『ドイツじゃ未成年でもビール飲むんだから、他の酒だって飲むよ』


「じゃあバイトでもして身に付けたのか?」


『ん。日中はずっと学校にいたし、そうするとバイトできる時間といったら夜ぐらいだけど…水商売はやりたくなかったからね』


給料は良かったけど、と困ったように笑うコイツが水商売なんかに走らなくてほんとに良かったと心底思う。
面倒くさがりの癖にどこか真面目だから、無意識的に嫌だったんだろう。


『そしたら、バーのバイトがあってさ。給料もそこそこいいし、酒を飲むのは苦手だったけど、混ぜるのは好きだったし…』


「混ぜるのが好きっていうのもなんか微妙だな」


『んー…薬品を混ぜる感覚、かな』


「なんじゃそら」


名前の率直な感想に思わず笑いがこみ上げる。
だが酒と薬品を一緒にするのはいただけない。
俺がそう思ってることなど露知らず、名前はシェイカーの中身をグラスに注ぎ、それを試し飲みしている。
淡いスカイブルーの、まるで南国の白浜に寄せる波のような色をしたカクテル。
『んー…』と微妙な声を出している名前は、やはり酒を飲むのは不得意のようだ。


「普段そんなに飲まねぇんだ。味なんてよく分かんねーだろ」


『だから東亜を呼んだんだよ』


「…なるほど、味見しろってか」


今までこっちからしか誘ったことが無かったのに、今日は珍しく名前から誘ってきた。
珍しいと思いつつ嬉しかったんだが…どうやらこいつの頭の中には甘い考えなど一切無いらしい。
ぺろり、と唇についたカクテルを舐め取ったその舌の動きが、暗めの照明にてら、と光っていやらしく見えるというのに。


『とりあえず適当に混ぜてみた』


「おいおい大丈夫なのか?」


『さぁ?まぁ…不味くは無いと思う』


多分さっき自分で味見したのは、俺に飲ませられる物かどうかの判断の為だろう。
目の前に置かれた、さっきまで名前が手にしていたグラスに触れる。
まぁ、コイツが作ったものでまずいものなんか無いが、味見のためだけに呼ばれたと思うと意地悪もしたくなる。
下を向いて、恐らくシェイカーを洗っている名前の名前を呼んで顔を上げさせている間に、一口酒を煽った。
ん、美味い。


『何、んっ、』


上がった顎を掴んでグイッと引き寄せて、口紅なんか塗っていないのに何故か色気の漂う唇に俺のを押し付ける。
舌を浸かってやや強引に口を割らせてから酒を流し込んでやった。


『っふ…んんっ…』


苦しげに寄せられる柳眉に、閉じられた瞼を縁取る黒く長い睫。
羞恥心からか酒のせいなのか、それともしつこいキスのせいなのは分からないが、白い頬が徐々に赤くなっていくのが分かる。
初々しい反応がまたそそる。
流し込んだ酒を促されるままに飲み込む名前のなんと愛おしいことか。
もっともっとと欲望が求めるままに貪ろうと立ち上がれば、俺が座っていた椅子が倒れる。
顎から頬に手を滑らせれば、恐らく飲み込めずに零れてしまったであろう酒で手が濡れ、手触りのいい頬も濡れた。


くちゅ…ちゅ、


『ぅんんんー!』


あまりに苦しそうな声を上げるから仕方なく離してやる。
肩で息して呼吸を整えている名前の頬を濡らしている酒も舐めとるが、反抗する元気が無いのか、特に抵抗はしない。
恥ずかしげに目を逸らしたまま、俺を見ることは無かった。


「いやらしい唇だな」


『…何、それ…』


「いや、何でも」


唇を濡らしている酒も舐め取って。
このままお前の全てを喰らってしまおうか。



(…お酒)
(ん?あぁ、美味かったよ)
(…味わった?(あれで?))
(そりゃもう十分)
(…ニヤニヤしながら言わないで、って…なんでこっち迫ってるの)
(いや、ついでにお前も食おうかと)
(わ、私は食べ物じゃ…)
(いーから)
(あっ、っんっんんぅー!)



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