小説 | ナノ


  麗しの男は、



目覚めた時から何かおかしいとは思っていた。
いつもなら少し大きいと感じるはずのベッドが狭い。
上半身を持ち上げた時、立ち上がった時の目線が高い。
いつもなら首筋とか肩にかかる筈の髪の感触がない。
着ている服がきつい。
何時も頼りないはずの手足が節ばっている。
俄かに信じがたい事態に、思わず洗面所に駆け込んだ。


その日、兵団内では「今まで見たことのないぐらいの美丈夫が突然現れた」という噂でもちきりだった。
勿論実物を見なければ信じないたちであるリヴァイはその噂などどうでもいい、と言わんばかりだったが、いつまでも現れぬ名前にいら立ちが隠せない。
損か彼のもとに会わられたのは待ち望んだ名前ではなく、どこかほっこりとしたハンジだった。


「…てめえか、ハンジ」


「名前じゃなくて悪かったねー」


全く悪びれたようには見えないその表情に顔を顰め乍ら、あのさあのさ!と声を張り上げているハンジの声を聞き流す。


「名前ってすっごい美人じゃん!だからさ、名前が男に成ったらきっと兵団内の女の子たちにモテモテなんだろうなあって思ってさあ!早速試してみたわけだよ!」


もう大成功!朝から名前の話題でもちきりさ!と顔面だけでなく全身が輝いているように見えるハンジ。
対してリヴァイは手に持っていたスプーンの動きを止め、ハンジの言葉を頭の中で反復した。


「おい、名前を男にって言ったか」


「うん!言った言った!」


リヴァイが食いついてきたことがそんなに嬉しかったのか、ハンジは笑う。
今朝から兵団内でもちきりの美丈夫は、名前なのだと。


『…やっぱりハンジさんの仕業だったんですね』


「ひょわっ!」


甘さを孕んだテノールボイスは、呆れの色を含んでいた。
がたっ、と後ろを振り返ったハンジと、ハンジとともに視線を上げたリヴァイは目を見開く。
その全身を包む肌の白磁も。
恐ろしいほど端正な顔にある眸は切れ長で、そこにはめ込まれている翡翠も。
項に軽くかかるくらいのショートカットの髪の、艶やかな漆黒も。
薄い唇を色づける、上品な桜色も。
見れば見るほど、その男はとある人物を彷彿とさせた。


「…名前?」


『そうです。おはようございます、リヴァイさん』


「あ、あぁ…」


ハンジの言葉に短く返事を返した名前は、手にしていたトレイをハンジの横に置き、そのまま腰かけ、もぐもぐと朝食を食べ始めた。
既に諦めているのか、若干疲れている様子の名前、リヴァイは茫然としており、意識を取り戻したハンジは奇声をあげながら隣にいる名前にしがみついた。


「すごいすごいすごい!!予想以上の美丈夫だよ名前!!」


『ハンジさん、食べにくいので離れてください』


「何その声!すっごいエッロ!!」


『好きでこんな声になったんじゃないんですけどね』


「しかもリヴァイよりずっとおっきいじゃん!190くらい!?」


『さあ、測ってないので何とも言えませんが』


いつもと変わらぬペースでご飯を食べ進める。
名前は食事をとるのが遅く、大抵リヴァイと共に食べているとリヴァイのほうが先に食べ終えてしまうくらいだ。
勿論リヴァイが早食いという訳ではない。


「名前…本当に名前なのか…?」


『、はい、こんな格好になってしまいましたが…』


リヴァイのその言葉に困ったように苦笑しながらそう返事を返した名前。
そのあまりの美しさに何処からともなく黄色い声が飛んでくる。
名前はその声の方向に苦笑を浮かべながら軽く手を振り、再びリヴァイに向き直る。


『エルヴィンさんと相談して今日は一日、兄として代わりに仕事をすることになりました』


「…そうか」


『ハンジさんは何としても解毒剤、作っておいてくださいね?』


「え、解毒剤とかつくり方分かんな『ダークブーツで空中散歩、しましょうか』とっても魅力だけど謹んでお断りさせていただくね!!」


くす、と笑いながら脅しを掛ければ、ハンジは青い顔をして颯爽を食堂を後にする。
恐らくこれから必死こいて解毒剤を作るのだろう。
エルヴィンによってもうけられた、今日一日、という期限に間に合わせるために。
暫くし、漸く食べ終えた名前と共に食堂を後にしたリヴァイ。
彼と共にいる間は、リヴァイの鋭すぎる視線に誰も近づいては来なかったが、名前が訓練兵団へ指導に向かう際、案内役を買って出た女性兵士の絡みに顔を歪めることとなる。
いつもと変わらぬ軽やかさで馬に跨った名前の隣を並走する女性兵士は、いかにも好意を向けていると言わんばかりに頬を染め、その眸には熱い熱がこもっている。
それを窓から見下ろしたリヴァイは、ぎり、とガラス製の窓に爪を立てた。


「(名前は俺のだ)」


そんな目で、見るんじゃねえ…!


『妹の代わりに来ました、ユウと言います。今日一日俺が代わりに皆さんの指導をすることになりました』


急な講師の変更。
それは副兵長である名前から、彼女の兄だという男にというのだから、訓練兵士たちは皆疑問を隠せないでいたが、そんな疑問は彼の姿を見てしまったら一気に霧散してしまう。
名前と同じ、翡翠、漆黒、白磁、桜色を持ち、ベルトルト肩を並べられる高い身長、しなやかな肢体、キリリとした爽やか乍ら、名前と同じ人形のように整ったかんばせ。
彼女に兄がいたなんてことは全く聞いたことはなかったが、そんなのは実物を見てしまえば一目瞭然、やはり血筋か、と皆納得せざるを得ない。
そんな容姿端麗な年上の男。
男子訓練兵にとって年上の女性が非常に魅力的であるのと同じように、女子訓練兵にとってそれは、ユウという男は非常に魅力的な存在に映った。
一通りの訓練が終了した後、名前の時と同じように訓練兵と共に昼食をとる。
しかしその周りに集まる顔ぶれは、女子訓練兵ばかりだった。


「ユウさんって名前副兵長のお兄さんなんですよね!流石血筋って感じです!」


「お付き合いしている女性はいるんですか?」


『調査兵団だからね、それどころじゃないかな』


「その容姿だったら女に困らねえだろうな」


「いいなあ、抱かれたい!」


「絶対優しくしてくれると思うー!」


「誰かとお付き合いする予定はないんですか?」


きゃっきゃっという声に囲まれる名前たちから少し離れ羅ところで、男子訓練兵が固まる。
彼らは暗い表情をしており、特にひどいのがジャン、エレン、ベルトルトだった。
副兵長という立場のため、講師としてしか会えない名前に会えないということもあるが、彼女の家族の中にあんな美丈夫がいるということに心底落ち込んでいるようだった。


「そりゃそうだよな…昔っからあんなイケメン見てたら目も肥えるよな…」


「アルミン…俺すげえ落ち込んできた」


「え、エレン、気を取り直して…!名前副兵長とユウさんは兄妹なんだから恋愛に発展することなんて…」


「でもヴィジュアルって結構重要だと思うんだ、ライナー…」


「クリスタ…クリスタがユウさんに夢中だ…名前副兵長なら眼福なんだが…」


「僕の話スルーしないでよ!」


にょき、とキノコが生えてきそうな3人。
周りも同調してしまい、なんとも言えない空気が流れる。


「はあ…いいな、兄妹…きっと小っちゃい頃とか一緒にお風呂入ったんだろな…」


「何だよそれ羨ましすぎるじゃねえか…」


「おい、誰かこいつら止めろ」


珍しく正論を吐き出したコニーだったが、彼の言葉が叶えられることはなく。
結局名前が本部に帰るまでそれは続けられた。
視線自体、昔はサーカス団にいたということから向けられることにさほど抵抗は感じていないが、あんなに熱のこもったもので見られることには慣れていない(気づいていないだけで実際は数多くむけられているのだが)。
ガツッガツッと馬を走らせて本部に戻った名前は、疲れたような表情を浮かべながら足を踏み入れた、ら。


「お帰りなさいユウさん!」


『あ、はい…』


「あのっ、宜しかったらこれからお茶でもっ」


「抜け駆けなんてずるいわよ!私も一緒にいいですか?」


『、すみません、まだ仕事の方が残ってるので…また機会があれば』


縋り付いてくる腕を傷付けないように優しく解き、何とか団長室に避難する名前。
ここならそう簡単に入ってくる人間はいないため、避難するにはうってつけだ。
最も、リヴァイの兵長室も似たようなものではあるが。


「お疲れの様だね、名前」


『エルヴィンさん…』


用もないのに団長室に入ってしまった名前を咎めずに受け入れたエルヴィンに名前は甘え、来客用のソファに腰掛けた。
いつも以上に長い脚は見ていてやはり違和感が否めないらしいが、それは足だけではなく全身に至る。
色は変わらないものの、筋張り大きな手を見つめながら名前は疲れたように言った。


『男だったらとは何度か考えたことはありますけどここまで大変とは…』


「まあ、それは君だからなんだろうが…」


いつの間にか隣に腰掛けたエルヴィンに頬を撫でられる。
いつもならば座っても見上げるはずの顔が同じ目線に会って、新鮮というかなんというか。
その後、団長室に訪れたハンジの手にしている解毒剤を飲むまで、名前は珍しくひたすら今日一日の愚痴をエルヴィンに吐き出していた。



(もとはと言えばハンジさんが私を実験台にしなければ)
(だって名前の男バージョンが見たかったんだもん!いいじゃん!めっちゃい美丈夫だった!)
(熱のこもった視線って辛いんですよ?分かってます?)
(まあまあ、とりあえず名前はリヴァイのところに行くといい。ハンジは私が絞っておこう)
(お願いします、エルヴィンさん)
(え、何それ死刑宣告!?待って―!!名前−!!)
(リヴァイさん戻りました!)
(!名前っ…)ぎゅー
(、リヴァイさん…?)
(今日一日女どもが邪魔で近づけなかったからな…補充だ)
(!ふふ、じゃあ私も…)ぎゅー…


美丈夫元帥主でした…!
もっとキャーキャーもやもやさせる予定だったのにあんまりさせられなかったですね…私の文才ではここが限界でした…!
名前が男に成ったらモテモテ必至ですね…競争率が半端ないと思います。
…いつか、絵描いてみたいな…←
50000hit企画参加ありがとうございました!
これからも嘘花をよろしくお願いします^^*

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