小説 | ナノ


  残酷な世界の小さな幸福



カーテンから差しこむ朝日が眩しい。
瞼の向こうが赤く染まるのを感じて目を開ければ、徐々に明るくなる部屋の中。
大人二人が寝れるようにと少し大きめのベッドに寝転がっている俺の傍らには、小さく寝息を立てる名前がいる。
シーツからのぞく白くて細い肩、散らばる艶やかな黒髪。
前髪伸びたな…そう思いながら顔にかかってしまった髪を避けて、そのまま頬に手を添える。
相変わらずすべすべの綺麗な肌、桜色の唇、漆黒の長い睫。
少し視線を下ろせば、白い首筋と胸元に散らばる赤い花。
…昨日はちょっと激しすぎたかな。
いつもは俺よりも早く目覚めるのに、珍しくぐっすりと眠っている名前を起こすのはしのびないけど…そう思いながら頬を撫でていれば、ふる、と睫毛が震えた。


『、ん…』


寝起きの眠たげなちょっとかすれた声に酷くそそられる。
ゆるりと持ち上がった眸の向こうはまだ眠そうだったけど、うつ伏せ気味だった体をそのまま両手を伸ばすことで上半身だけを持ち上げる。
まだ意識がぼんやりしてるんだろうな…名前は低血圧だから。
眩しい日が差し込む窓でなびくカーテンを見やる名前は酷く綺麗だ。
そんな彼女の頬に手を添えて、俺の方を向かせて唇を貪った。
持ち上げた上半身を抱え込むように抱き締めて、水音を立てながら。
時折鼻にかかったような甘い声を出す名前の目は細まり、その細くて白い指も俺の頬に添えられた。
最後に小さくリップ音を響かせて離れる。


「はよ、名前」


『エレン…おはよう』


少し乱れた息のままでそう返した名前は、ちゅ、と俺の頬に小さくキスをして、するりと器用に俺の腕の中から抜け出した。
手持ち無沙汰になった手を下ろして、Yシャツとショートパンツといつものラフな格好に着替えた名前がふわあ、と小さく欠伸をしながら近くの洗面所に消えるのを見送る。
腰を少し摩っていたのには気付かなかったことにしよう。
俺もベッドから起き上がりノロノロと着替えていると、さっぱり目が覚めた、と言わんばかりの表情をした名前が部屋に戻って来た。
長年使い続けてる赤い紐で髪をまとめ、下の方で緩く団子をつくっている。
…髪紐、新しいの買おうか。
何色がいいかな…何色でも似合いそうだけど…。


『朝ごはん、何食べたい?』


「オムレツがいい」


『分かった。息子のことお願いね?』


「おう」


一つ笑みを残し、こつん、こつん、と1階に降りていく名前の足音を聞きながら、顔を洗い、歯を磨き終えた俺は隣の子供部屋へ。
ガチャリと開ければ、入り口近くに置かれたベビーベッドにはすやすやと眠っている、俺と名前の息子がいた。
名前は息子…2人で考えて悩んだ末に出した。
滅多に夜泣きをせずに穏やかに眠り続ける息子は、俺が入ってきたことにも気づかずに眠りこけている。
…こりゃ将来大きくなるかもな、寝る子は育つっていうし。
赤ん坊はまだ首が据わらないから、と教えてもらったように優しく抱き上げ、名前が朝食を準備している間リビングに。
俺が歩く揺れに気付いたのか、ぱちぱち、と鈍く動いた目が次第に開き、欠伸を一つ。


「くぁぁぅ、うー」


「お、起きた」


おはよう、息子、と言えば分かるのか、返事こそ言葉にならないものの、あうあうと声を上げながら笑って見せた。
今はまだ赤ん坊だけど、顔が整ってるのは間違いない(なんせ名前の息子なんだからな)。
眠そうに擦る手をやんわりととめ、ふくふくのほっぺに口付けた。


『あ、出来てるよ』


「あぁ、美味そうな匂い」


リビングにつけば、そこにはあっという間に朝食を作り終えた名前がいた。
テーブルの上には2人分の朝食。
名前は俺から息子を受け取り『おはよう、息子』と頬にキスを一つ落とせば、息子もうれしそうに両手を伸ばし、頬にぺちぺち、と触れていた。
緩やかに笑みを浮かべている名前は片手で器用に自分のシャツのボタンを外しながらソファに腰掛ける。
俺も追うように隣に腰掛けた


『先食べててもいいのに…』


「いいよ。名前と一緒に食いたいし」


苦笑を浮かべた名前は息子に授乳し始めた。
はむ、とくわえられた柔らかい乳房に、目を奪われたが、こくんこくんと母乳を飲む息子に何とか意識をそらす。
…あ、危ねぇ…こんな邪な考えは名前には気付かれなかったらしく、母乳を吸い続ける息子を愛おしそうに見つめていた。


『ふふ…エレンに目元がそっくり』


「、そうか?」


『うん。エレン、猫目だから』


「ふーん…でも、瞳の色は名前だな。髪も」


『肌はエレン譲りだね』


名前が授乳している傍らで、息子の柔らかい髪の毛を梳く。
目を閉じて食事をしていた息子が目を開け、まん丸のそれを細めればまるで笑っているように見えて、俺は名前と顔を見合わせて笑った。
そのうち赤ん坊は彼女から口を離し、名前が背中を軽く摩れば、けぷ、と小さくげっぷ。
あうあう、と笑う息子をベビーベッドに寝かせ、自分たちの朝食を食べるためにテーブルへ。
まだそんなに時間がたっていないからか、用意されたオムレツやスープからは微かに湯気が立ち上っている。
ふわりと香る美味しそうな香りは嗅ぎ慣れたものだけど、いつもこれが自分のために用意されたものだと思うだけで、酷く幸せな気分になる。


「『いただきます』」


兵舎で食べるものなんかよりもずっとおいしいそれに顔が緩み、名前は目を細めて綺麗に笑う。
今日は非番を与えられたから、一日中家に居れる。
名前も俺と結婚はしたけど、副兵長という立場の存在は大きく、寿退社とはいかなかった(流石に妊娠中は何もさせなかったけど)。
壁外調査にも駆り出されるときは、エルヴィン団長のいる安全圏にいるか、もしくは前線に出てもリヴァイ兵長の目の届くところに居るかの2択だ。
俺の奥さんだけど、皆に愛されてるなあと考えながら食べ進める朝食は、いつもより穏やかで。
家の中に吹き込む爽やかな風も、それに揺れるカーテンも、息子の幸せそうなきゃっきゃっ、という笑い声も。
この世界の残酷さを忘れさせてくれるくらい、酷く穏やかで幸せで、美しいものだった。


「ご馳走様。皿は俺が洗うよ」


『、お願いね。私は息子を見てるから』


名前と一緒に暮らし始めた時からの習慣だ。
ご飯を作るのは名前で、皿洗いは俺の仕事。
訓練兵時代に料理を作ったりはしたけど、名前のほうが断然うまいから自分で作る気になれないからありがたい。
名前を狙っていたリヴァイ兵長は未だ独身だけど…あの人もしかしてこのまま結婚しないのかな…。
名前ができるだけ洗い物を増やさないようにうまく料理してくれるから、料理にどんなに手が凝ってても俺の仕事が増えることは滅多になく、あっという間に終わる。
濡れた手をタオルで拭って、水の跳ねたシンク周りも拭き取ってそのタオルを軽く洗ってから洗濯籠へ。
その一連の行動を見ていたのか、背後から名前がくすくすと笑う声が聞こえてきた。


「?なんだ?」


『くす、ううん。すっかりリヴァイさんの掃除癖がうつったなあって』


「兵長の潔癖は最早病気だろ」


俺はただ単に、兵長の班に長い間居るから、あの人の掃除習慣が身についてしまっただけなんだろうけど…赤ん坊がいるから家の中は常に清潔にしておきたい。
兵長のおかげで掃除に慣れたことは感謝すべきなんだろうな…今度礼でも言っておこう。


『…この子が大きくなるまでに、壁の外に行けるようになればいいね』


「…そうだな。一日でも早く巨人を皆駆逐して、そしたら」


3人で旅行に行こう。この世界を、何処までも


『…うん』


緩やかに微笑む名前の眸には、確かな意志が宿っていて。
名前の腕の中で俺たちをじっと見つめてくる息子の目元を手で覆い、小さく笑いあってからキスをした。
とても温かくて、幸せなキスだった。



(残酷で美しいこの世界)
(誓おう)
(名前と息子、俺の家族だけは)
((何があっても、守り抜く))


エレンと夫婦でした!
子供がいる、ということでしたので…幼稚園児くらいにしようかなと思ったんですけど、思い切って赤ちゃんにしてみました←
キャラ視点って難しいですね…いつも第3者視点でばかり書いていると…気付くと混ざってるなんてことが多々あります(^^;)
新婚ほやほやな二人が書けて楽しかったです!
50000hit企画参加ありがとうございました!
これからも嘘花をよろしくお願いします^^*

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