小説 | ナノ


  優しい手



今月も辛い日がやってきた。
中学ではこんなことを感じなかったのに…この痛みを感じ始めたのはドイツに渡ってからだっただろうか。
暫く前から続いていた下痢に、胸が張って少し感じた痛み。
此れが一体何を予兆しているかなんて事は分かりきっていたけれど、痛む前から薬に頼ることは出来ない。
はぁ、と溜息をついてぼすりとソファではなく布団に沈む。
ソファで丸くなるのは、バランスに気をつけなければならないから。


「相変わらず辛そうだな」


『うー…毎回慣れない…』


「慣れる必要はないだろ」


私が寝転がっているベッドに腰掛け、よしよしと頭を撫でる東亜。
そういえば、沖縄にいた頃からこの手が大好きだったな、何て事を思い出す。
冷たいと思ったら温かくて、力強いと思ったら優しくて。
唯触れるだけで私の不安を拭い去ってしまう不思議な手。
けれどそんな手でも、この下腹部の鈍い痛みを拭い去ってはくれなかった。


「薬は?」


『残念ながら注射しかない…今やったら確実に外す…』


「なんでそっちがあって内服薬が無いんだよ」


『いたっ』


ぺちん、と額をデコピンされる。
東亜の指は細いから痛い…骨ばってるから余計に。


「にしても珍しく不定期だな、生理」


そう、今私を痛みを持って追い詰めているのは女の子の日。
所謂生理と言うやつだ。
東亜と出会う前、初経を迎えてからドイツにいる間は常に不定期だった。
それこそ、養母さんが心配になるくらいに…どうやらその頃の私は気付いていないだけで精神的に不安定だった様だ(人間不信でありながら人間に囲まれていればまぁストレスも溜まるか)。
けれど東亜と出会って周期も安定して、養母さんも安心させることが出来たというのに。
やはり環境の変化というものは大きいらしい。
沖縄から此方に引っ越して今しばらくはこの不定期が続きそうだ。


『…面目ないです』


「終わったら覚悟してろ。まさか此処でお預けを喰らうとは思わなかったなー」


『……』


今月のこの生理が終わるころには東亜がこの言葉を忘れていることを祈るけれど…きっと忘れてないだろうな…。
そもそも私と東亜のその…回数が多いと言うわけではない…のかな…私的には十分多いけど…。
最近は東亜がずっと連投していたし、相手チームの隙を探る為の時間に費やしていたから、夜は余計なことはせずにさっさと眠りについていたのだ。
漸くそれが一段落したところでやってきた子の女の子の日。
東亜にとってはバッドタイミングだっただろう。
私だってまさかこのタイミングでくるとは思わなかった。
だって東亜が「溜まってる」なんて真顔で言ったら、その…何とかしてあげたい、し…。
第一真顔で言うなって話なんだけれど…。
しかし出来ないものは出来ないのだ…暫く東亜には禁欲生活を送ってもらうしかないと言う答えに行き着いた。
本人はものすごく不本意そうだったけれど、その後に出てきた言葉がさっきの言葉だ。
全く以って後の事が恐ろしくてたまらない。
誰か時間を巻き戻してくれないだろうか。


「別に俺は血が出てても気にしないけどね」


『私が気にする』


「そう睨むなよ。名前が嫌がるならやんねぇから」


『…ごめん』


「謝んな。生理現象はどうしようもねぇんだから」


そう言った東亜が私を反転させ、ベッドに侵入する。
きっと直ぐ後ろには彼がいるのだろう。背中が温かくて安心する。
するりと両腕が身体を捕らえられたかと思うと、労わるように両手で下腹部を撫でられて。
その動きから、痛みを和らげようとして触れてくれているのが直ぐに分かった。
こんなふとしたときの優しさがたまらなく嬉しい。


「寝ろ。少しは楽になんだろ」


『…ん、そうする』


下腹部に当てられている両手に私の手も添えて。
一人で寝ていたときよりも幾分か和らいだ痛みの隙を見て、私は意識を鎮めていく。
おやすみ、と小さな声で言えば、耳元で東亜の穏やかな声が返ってきたような気がした。


「おやすみ」



(プルルルル)
(はいもしもしー。どした、渡久地)
(今から薬局行って生理痛の薬買って来い)
(は?なんで)
(名前が痛がってんだよ)
(渡久地からのお願いってのが気に食わないけど…まぁ名前ちゃんのためだと思って行ってきてやる)
(変な気起こすなよ)
(安心しろ…変な気起こしても敵わないって分かってるから…)
(ならいい)
(プツッ)
(…虚しい(彼女持ち羨ましい…))



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