小説 | ナノ


  愛しても大丈夫でしょうか、私が貴方を



※長いです

『(兵長と一緒に出掛けようと思ってたのに…)』


ふう、と小さくため息をついた名前に目ざとく気付いたペトラが苦笑を浮かべながら名前の肩を優しく叩く。
あぁ、今日も美人だね、と吐きも気力も感じられないその表情で言われても、とペトラはテンションの低い名前を心配するしかない。


「仕方ないよ、兵長も忙しいんじゃない?」


『でも…エルヴィン団長から兵長も今日は非番だって聞いてたから…』


調査兵団、といういつ死ぬともわからぬ多忙な兵団に所属しているリヴァイと名前は恋仲ではあるが、あまりに恋人のような接触が見られないがために、兵士たちの間では「本当にあの二人付き合ってんのか?」ともっぱらの噂である。
名前は長年憧れていたリヴァイとの交際が叶ったのと、彼女本来の性格がとても恥ずかしがり屋ということもあって、なかなか恋人らしい雰囲気や行動を醸し出すことができず。
リヴァイもリヴァイで、自ら行動を起こすということはなかった。
そんなこんなで早くも3カ月、まさに恋人たちの間で言う倦怠期、というものに差し掛かってしまったのだ。
元々倦怠期もへったくれもないくらい最初っから倦怠期に突入してたけど、という名前に最早ペトラはなんと言ったらいいかわからない。
ペトラや周りの人間からしてみれば、名前の容姿は上々、性格も控えめでそれなりにモテそうなのだが、何しろ自分に対する自己評価がとてつもなく酷い。
そりゃもう超大型巨人の肩から地面にいる自分を見下ろすぐらいに低いのだ。
それなのに恋心を抱くのは人類最強、人類の希望とも言われているリヴァイなのだから、その間に感じる矛盾は説明できないが…まあ、複雑な乙女心とかいうやつでごまかさせていただこう。


「もともと約束してたわけじゃないんでしょ?」


『そうなんだけど…約束を取り付けるのも勇気がなくて…』


「…頑張んなさいよ、少しは」


『だだだだだって!』


勇気を振り絞っていったところで、既に予定が入っていると言われたら立ち直れないと、もう二度とリヴァイを自分から誘うことなんてできないと涙目ながらに語る名前はまさに必死そのもの。
自分の上司の粗暴だったり横柄な態度も問題ではあるが、自分の友人、上司の彼女であるこの人間の引っ込み思案すぎる性格も重大な問題である。
どうしてこんなにも自信が持てないのだろうか、ということは割愛するにして、いつになく沈んでいる名前のこれは異常だ。
これは今日一緒に出掛けられなかった以外に何かあるな、と察したペトラは尋ねる。


『…兵長から、なんか嗅ぎなれない香水の匂いがして』


「香水?」


あの潔癖症な兵長が香水なんてつけるわけないし…だなんてそんなことは誰が考えたってわかる。
はあ、とため息をついた名前は、ぼんやりとした視線を街の噴水に向けた。
きらきらと輝く水に相反し、名前の視線は暗くどんよりとしていて。
ペトラは「あのヘタレ兵長…」といつもよりも低い声を出したのだった。


それから数日後。
名前はエルヴィンに頼まれた買い出しのために街を歩いていた。


『えぇと…インク、ペン先、用紙…』


雑貨用品の入った袋の中を確認しながら、本部に向けて歩を進める。
こつこつと鳴るブーツの音は一人分。
エルヴィンには「よかったらリヴァイと一緒に行っておいで」と言われたのだが、生憎そのリヴァイは居らず。
どうやら出かけたらしく何処に向かったか、という報告はないものの、リヴァイの馬が使われたという報告がないことからおそらく街に行ったのだろう。
買い出しならば自分が引き受けたのだが…自分自身で買わなければならないものだったんだろうなと自己完結した名前は、もしかしたら街中でリヴァイに会えるかもしれないという期待を胸に歩を進めていた。


『(あれは)』


自由の翼の描かれた、調査兵団のジャケット。
そのジャケットを身に纏っている人物は、あまり身長は高くなく、後姿からも鍛えられて引き締まった体が見て取れる。
あぁ、間違いない、リヴァイ兵長だ。
一瞬笑みの浮かんだ名前は声を掛けようとするが、


「ふふっ、随分熱心に選んでるのね」


「うるせぇ」


くっつくな、とは言うものの、隣にいるその女性を引きはがす手は乱雑ではない。
そう、見てしまったのだ。
リヴァイに寄り添うように立つ、茶髪の美しい女性を。
こちらに背を向けているため、リヴァイに顔を向けた瞬間に見えた横顔しか分からなかったが、その女性はとてもきれいに見えた。
その茶髪の髪も、整った顔も、真っ赤なルージュの塗られた唇も、真っ白な肌も、グラマラスなその体つきも。
何もかもが、自分には及ばないように見えて…いや、実際及ばない。
並んで立つ二人が、とてもお似合いだった。
言葉を失った名前に向かって吹いてきた風が、嗅ぎ覚えのある香りを運んでくる。


『…同じ…香水の香り…』


あぁ、そっか、
そうだよね


『…わたし、なんかより』


兵長には、お似合いの女の人が、いっぱい、いっぱい…っ、


ぐしゃ、と抱えている袋が音を立てる。
エルヴィンに心の中で小さくごめんなさい、と謝ったけれど、握りしめられた袋はなおもその皺を濃くしていって。
目が離せないまま二人を見ていた名前は突っ立っていたが、彼らがジュエリーショップに足を運んだのを見届けて、一気に走り出した。
足元しか見ないでひたすら走り続けたから、もう、何にぶつかったか、誰にぶつかったかなんてわからない。
ただひたすら、何も見たくなくて。


『はっ、はっ…』


息が切れ、足から力が抜けるころには本部に辿り着いていた。
どんなルートをたどって来たのかわからないけど、いつも以上に疲れてしまった。
ふらり、と本部のベンチに腰掛けて息を整えていると、じわじわと視界が滲んでくる。
あぁだめ、泣いちゃだめだ、泣いちゃ、ダメ
兵長はすぐ泣く女が嫌いだって、聞いたことが、


『(何を言ってるの…兵長には、ちゃんと相手が)』


いるじゃない


そう頭の中で整理がついた瞬間、ボロボロと涙があふれてきて。
エルヴィンに頼まれたものの入っている紙袋にも涙が落ち、いくつかのシミになってしまった。
あ、と小さく声を漏らしたものの既に手遅れで、涙は紙袋にしみこんでいく。
いつまでも泣いているわけにはいかない、早くエルヴィン団長に届けて私も仕事に戻らないと…
手で少々荒く涙を拭った名前は立ち上がり、エルヴィンの執務室へと歩を進めた。
コンコン、と扉をノックし『名前です、頼まれたものを買ってきました』と言えば、扉の向こうから穏やかなエルヴィンの声が入室を許可する。
中に入り、エルヴィンの近くに行けば、彼は目を見開いた。


「どうしたんだ…目が真っ赤じゃないか」


『あっ』


何という失態、冷やすのを忘れていた。
どうやらよほど酷いらしく、水で濡らしたタオルを用意しよう、と言って立ち上がろうとしたエルヴィンを制し、頼まれていたものの入った紙袋を差し出す。


『あ…すみません、くしゃくしゃにしてしまって』


「構わない。助かったよ」


申し訳なさそうな名前に微笑み、エルヴィンは袋の中身を取り出し、引出しの中にしまっていく。
それをほんやりと見ていた名前は、無意識のうちに口を開いていた。


『…自然消滅まで、どれくらい時間ってかかるんでしょうか…』


「、は?」


『へっあっ!す、すみませんっ』


失礼しましたっ、と脱兎のごとく逃げ出した名前に呆気にとられた様子のエルヴィンは、くしゃくしゃになってしまった袋に滲む、涙の痕に視線を落とす。


「…リヴァイ」


君は一体、何をしているんだ


「あれー?リヴァイ、ご機嫌ななめ?」


「うるせぇハンジ」


ガッと飛んできた足がクリーンヒットしのたうち回るハンジ。
リヴァイの機嫌はいつも以上に悪かった。
それはもう、理論的にありえないと言われている、絶対零度を下回るかのようなブリザードを辺りにまき散らす程に。
その理由は、自分の恋人であった。


「…なんでこんなに会えねえ…」


確かに、旧本部にいる自分と本部にいる名前では接触の機会は減る、だが…最近はまるで意図的に避けられているような気がしてならない。
そんなこんなで、既に、名前に最後に会ってから4週間…ほぼ1カ月が経とうとしていた。


「ヘタレな君がなかなか行動に起こさないから飽きちゃったんじゃあでででででで!!!頭割れる!!」


「黙れハンジ」


「だってエルヴィンが言ってたよ!あの子自然消滅までにどれくらいかかるかって、」


聞かれたって、というハンジの声は出なかった。
ハンジの眼前に、恐ろしい鬼の形相をしたリヴァイの顔があったからだ。
若干瞳孔が開いているような気がしてならないけど…大丈夫なの、と心中で思いながらも、ハンジの全身から滝のように冷や汗と脂汗が流れて、潔癖症なんかじゃないけど今すぐ風呂に入りたいと思った。


「おい…今、なんつった」


「し、自然消滅にどれくらいかかるか聞かれたらしいよ…エルヴィンがね…」


「自然消滅、だと…?」


嘘だ、なぜ、あいつから告白してくれたじゃねえか、もう飽きた?そんな、まだ恋人らいいことも何も、やっと、手に入れたのに、もう、愛されて、ない―――…?


ふら、とハンジから離れたリヴァイは、ふっ、と生気を失ったかのようにそのまま倒れた。
人類最強が言葉だけで倒れた、初めての瞬間だった。


「名前ー!」


『、ペトラ?』


「兵長が!」


倒れたって!


ペトラのその声を聞いて弾かれるように走り出した名前は、ひたすら医務室を目指す。
珍しく誰にも会うことなく辿り着いた名前は医務室の中に駆け込むが、リヴァイが寝ているであろう、仕切りの向こうに足を踏み入れるかどうかためらった。
もうずっと会っていないのに、今さら彼女面?そんなの、都合よすぎる…
それでも、リヴァイの事が心配で、たとえ愛されていないとしても、彼を愛しく想う名前の気持ちは変わっていなかったから。
恐る恐るカーテンを開いて、リヴァイが眠るベッドの近くの椅子に腰かけた。
生気が抜け、死んだように眠る彼を心配そうに見ながら頬に触れれば、がしっ、と強く手を掴まれる。
先ほどまでつぶられていた瞼もカッと開かれ、ひぃっ、と思わず声が漏れてしまうほどだった。


「、名前…?」


『た、おれたって、聞いて…あの、その……』


心配で、と言い淀む名前を呆然と見つめていたリヴァイだったが、ハッ、とすると彼女の掴んでいる腕を引き寄せ、そのまま自分の腕の中に閉じ込める。
ぎゅう、と強く抱きしめられて、まるで骨まで軋んでいるんじゃないかと思うくらいだったが、名前の頭は抱き締められていることに酷く困惑し、その痛みに気付かなかった。


「…自然消滅って、なんだ…ふざけんじゃねぇぞ…!」


『え、でっ、でも』


「俺の知らねぇところで勝手に離れて行こうとするんじゃねえよ!」


リヴァイの悲痛な声が名前の胸を締め付ける。
まるで本当に、想ってくれているように聞こえて…それでも名前の頭の中には、リヴァイとあの女性が一緒に居る光景が焦げ付き離れなかった。


『だって、兵長にはっ、もっと、綺麗な人がいるじゃないですか!』


茶髪の、あんな綺麗な人と一緒に、いるの見て…
苦しそうに吐露する名前の声に、茫然とした表情を浮かべたリヴァイは必死に記憶をたどる。
いつ、どこでそんな光景をこいつに見せた、と。
そうして探り当てたのが、あの名前が買出しに行った日だった。
リヴァイの頭の中ですべてがつながり、言いようのない怒りがこみ上げる。
名前に、自身がリヴァイにとってとても大切な人であるということを自覚させてやれなかったことと、名前にそんな光景を見せてしまった自分に対して。
ぐすぐす、といつの間にか泣き出してしまった名前の頭を優しく撫でながら、リヴァイは事の顛末を全て話す。

あの女は昔馴染みで、女は女自身で結婚し旦那にべったりであるということ
その旦那がリヴァイの友人で、名前に贈り物をするために女性の意見を借りるために一緒にジュエリーショップに行ったこと
今まで恋人らしいことができなかったのは、初めて大切にしてやりたい女で戸惑って、何をしたらいいか分からなかったからであること

他にもいろいろあったが、全てを聞いたのち、名前の涙は止まり、ぽかん、と目を見開いている。
えっ、えっ、と戸惑ったような声を出した彼女は、じゃあ、と続けた。


『私の…勘違い…?』


「…そうなるな」


さあっ、と青ざめた名前は謝ろうとしたが、その前にリヴァイが口を開く。


「謝らなくていい…今回は、俺にも非がある…」


『、兵長…』


「悪かった…そんなに不安にさせてたなんて、気付かなかった」


『…いえ、私が勝手に』


「そうだとしてもだ」


名前のうなじに手を掛け、コツン、と互いの額をくっつける。
かあ、と顔の赤くなる名前は視線を泳がせていたが、リヴァイが何やらポケットをごそ、とまさぐったのに視線が止まった。
そのまま差し出された手には、細長い箱があり、丁寧にリボンまで巻かれている。
恐る恐る、といった様子でそれを受け取った名前は震える手でそのリボンを解き、箱を開けた。


『わ、あ…!』


きらりと光るピンクゴールドのネックレス。
可愛らしいデザインのそれに目を輝かせていると、リヴァイが小さく笑った。


「あいつが自分の野郎の好みしか言わねえから。結局俺が選んだんだが…気に入ってもらえた見てえだな」


『もっ、勿論です』


「付けてやる」


そう言って箱からネックレスを救ったリヴァイは留め具を外し、両手を名前の首の後ろに回して、視線を名前の目を合わせながら器用にはめる。
しゃら、とぶら下がったそれに視線を落そうとした名前の頬を首の後ろに回した両手ですくい、そのままキスをした。
触れるだけの優しいそれに、名前は顔を赤らめ、震えた。


「遅くなって悪かった」


俺も名前のこと、愛してる


初めて聞いたリヴァイからの愛の告白に、名前の涙腺は崩壊した。
えぐえぐ、と泣きじゃくる彼女に苦笑を浮かべながら、リヴァイはずっと抱き締めつづけた。
その涙が止まるまで、ずっと。



(いやー、一時はどうなることかと思ったね!)
(にしても…まさかリヴァイが言葉だけで倒れるとは思わなかったな)
(リヴァイも名前のことすっごく気に入ってたからね!名前が告白するまでストーカー紛いのことしてたんだよ?)
(ストーカー…?)
(名前に告白した男を潰したりとか、名前の落とし物を回収して自分のコレクションにしたりとか)
(……(嫌われなくてよかったな、リヴァイ))
title:千歳の誓い

別れ寸前まで…というお話で…!
久しぶりに切ないお話掻きましたがいかがだったでしょうか…!
もう切ないとか甘いとかを巧みに使い分ける方々を見習って精進したいくらいです…そして無駄に長くなって済みません!
ペトラとハンジとエルヴィンが出演しました←この件欲しかったんだろうか
いつもの文章の2倍書いてしまいました…長かったですね…お付き合いしてくださった皆様方ありがとうございます!
花子様もどうかお体にお気を付けくださいませ!
50000hit企画参加ありがとうございました!
これからも嘘花をよろしくお願いします^^*

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