小説 | ナノ


  遠く離れたこの場所で



何度も繰り返されてきた壁外調査。
しかし、それでも知りえたことは殆どない。
常人ならば心が折れてしまいそうなその兵団を率いるエルヴィンと、そのすぐ後ろにつくリヴァイ、彼の近くで馬を走らせるハンジ。
今回の調査は、立体機動を使用するのに有利な森の中を進んでいく。
馬の蹄の音、兵士の息遣い、立体機動の金属音、馬にひかせている馬車の音。
人の声など響かせぬ彼らは立てる音を最小限にしたままで、ひたすら耳を澄ませていた。


少しでも早く、巨人の存在を知りえるために。


そうして神経を張りつめている彼らの耳に、ずしん、と重々しい足音が響く。
帰ってくれば一人前、巨人に会わないことが最重要。
いくら巨人に対して一番の戦闘経験を有している彼らであるとはいえ、巨人に殺されるものは多いし、未だなお、巨人に関しては不明な点が多々見受けられる。
ぴりっ、と走った緊張感の後、エルヴィンが声を張り上げる。


「各班、当初の予定通りに動け!」


その声とともに、立体機動で飛び上がったはずなのだが。


「…おい、こりゃどういう冗談だ」


「冗談で片付けられる事象ならいいけどねぇー」


リヴァイのいつもよりも低い声の後に、ハンジの少し困惑したような声。
エルヴィンはあたりをぐるりと見回し、ふむ、と顎に手を当てた。


「…つい先ほどまで、森の中にいたはずなんだがな」


「はずもなにも、俺達は森の中にいた」


なんでこんな寂れた街にいる、というリヴァイの視線は、警戒でもしているのか、険しいものだった。
そう、3人がいるのは森の中ではなく、全く見覚えのない街の広場らしき場所。
人々が集う場所として設置されたであろう噴水から出ているはずの水はとっくに枯れ、辺りを囲むように建てられている建物も、レンガは罅割れ、窓は割れ、屋根は禿げたりと随分荒れている。
更には、全くと言っていいほど人の気配を感じない。
まるで巨人に占拠された後の地区の様だと考えてしまった彼らは、ならばここはどこかの街か、と考えた。


「、お?」


きょろきょろ、とあたりを見回していたハンジが小さく声を上げ、2人がそれに反応する。
ハンジの視線の先には、頭から布を被った、女と思しき人間。
服装からしか判断できないから何とも言えないが、どの人物はこちらに近づいてくる。
こんな寂れた街に、一人きりで?と不審なのは明らかだが、このままでは人一人会えないままで、徐々に落ちて行こうとしている太陽を見失ってしまうだろう。
壁外で巨人に対する恐れを抱くのとはまた別の恐怖を感じていた3人は、自分たちの前で立ち止まった人物に声をかけた。


「すまないが、少し話を聞かせてくれないか」


「はな、し…」


「ここは何処だ」


「あな、たた、ち…に、ん…げん…」


「え?あぁ、そうだよ、私たちは人間だ」


リヴァイの質問に答えなかったからか、彼は盛大に舌打ちをする。
そんなリヴァイに苦笑を浮かべたハンジは代わりにその人物に声をかけた。
それが、引き金になるとも知らずに。



「にん、げ、ん…にんげん…人間………ニンゲン」


はっきりと見えない顔の中、にぃ、と吊り上がる口角。
2本の足でしっかりと立っていた筈の女の体が不安定に揺れ、体を丸める。
具合が悪いのだろうか、とは思わなかった。


何かが可笑しい、そう直感的に感じた。


≪、殺ス、コロスコロスコロスコロスコロス!!≫


バキッ、べきっという音とともに歪んだ体は皮膚を突き破り、その下から、人ならざる形相をしたものが姿を現す。
上半身の形自体は女のものだろうが、下半身は蛇、というよりは無数のコードが生えており、肌はまるで鋼鉄のようにつるりとしていていかにも堅そうで。
バチンッ、バチバチッ、と走る青い電気に、これは明らかに人間ではないと察した彼らは立体機動を駆使し、早くここから逃れようと走り出す。
ずるずるという音とともに追いかけてくるそれに背を向けながら、逃げるものの、いつまでたっても街の終わりが見えない。
一体どれだけ大きいんだ!と泣きたくなるが、たとえ街から逃れたとしても果たしてこの異形なものからも逃れられるのだろうか。


「チッ…一か八か、だっ!」


ぐいっ、と上半身だけひねったリヴァイは、刃を追いかけてくる異形なものに飛ばす。
これでよく巨人たちの目を潰したりしていたが、その異形なものはその刃を弾く。
傷一つつかないのなら、おそらくこの刃ではだめなのだろうと理解した3人はただひたすら走るしかなかった。
そんな彼らをを襲うかのように伸ばされた無数のコードは、一番近くにいたハンジの足をとらえる。


「っう、わあああああっ!!」


「ハンジっ!」


エルヴィンの焦った声に舌打ちをしたリヴァイは刃を構えるが。


『下がっててください』


凛とした若い女の声が、リヴァイのすぐ近くで響いた。
はっとなり声のした方を向くが、そこにはもう何の姿もなく。
ハンジに視線を戻せば、黒のケープを身に纏った小柄な何かがハンジたちに異常なスピードで迫り、すぱんっ、と細身の刀のようなものでハンジの足に絡みついていたコードを切断、支えを失ったハンジを抱えてリヴァイたちのもとに引き返す際、刀を異形なものの頭に投げつければ、その刀は見事に突き刺さる。
腰の抜けがハンジを屋根の上におろした人物は、ケープのフードを外した。


『あれは普通の武器でどうにかできるものではありません』


全てが終われば送っていきますから、そこで待っていてください。


そう言い残した彼女のあまりに美しく可愛らしい顔に言葉の出なかった3人は返事を返すことはなかったが、その人物はさして気にしていないのか、そのままその屋根から異形な存在へと迫り、ぎゅるり、と真っ黒な大きな鎌を創り出した。


『さあ…おやすみの時間だ』


頭に刀を差したままもがき苦しんでいたそれを大きく切り付ければ、それはしばらく後、爆発し、辺りにガスを蔓延させた。
そんなことには目もくれず、再びリヴァイたちのもとに戻ってきた彼女は、穏やかな表情で彼らに語る。


『間に合ってよかった…怪我はありませんか』


「あ、あぁ…」


『にしても妙ですね…ここには入れないように警備がついていた筈ですが』


こてん、と首を傾げた彼女は怪訝な表情を浮かべるが、そんなことは知らぬ、と言わんばかりに彼女の腰に号泣のハンジが抱き付いてきた。
涙がゴーグルの中に溜まり、鼻水、涎を垂らしている。
あわあわ、といった具合にしゃがみ目を合わせた彼女はハンカチを取り出し、ハンジのゴーグルを外してやると、涙など、ありとあらゆるものを拭っていく。


『もう大丈夫ですよ、ちゃんと破壊しましたから』


「う゛ぅ゛っ、じ、じぬがと思っだあああ」


その後暫くし漸く落ち着きを取り戻したハンジ。
3人は突如現れた黒衣の彼女に連れられ、街の道を歩いた。


『本当に無事でよかったです。捕えられてた時はどうなることかと思いました』


「助かった!ほんっっとありがと!」


命の恩人の君の名前は!?と鼻息荒く聞いてくるハンジに呆気にとられながらも彼女は答える。


『苗字名前と言います。日本人なのでファーストネームが名前です』


「へえ東洋人!私はハンジ・ゾエ!こっちがエルヴィンで、こっちがリヴァイだよ」


ハンジに紹介された2人に軽く頭を下げた名前は、ところで、と彼らを見る。


『不思議なものを使ってましたね。なんですか?それ』


「?立体機動装置だよ」


知らないの?というハンジの言葉に対する名前の表情は、全く知らないと言わんばかりのもので、巨人に対する術の一つとして知られる立体機動術を知らない人間がいるのかと思ったが…それにしては何か違和感を感じる。
リヴァイは頭の中で考える。
見たことのない超硬質スチールをももろともしない異形の存在、その異形な存在を簡単に倒してしまった名前という彼女、立体機動装置を知らない人間―――…


『とりあえず送っていきます。再びAKUMAに襲われることはないと思いますが…』


「AKUMA?」


そう言って首を傾げる3人にごまかすように笑った名前。
いつの間にか街を抜けていたらしく、そこには黒塗りの一台の馬車、御者として不思議な格好をした、顔の下半分を包帯で巻いた男が一人。


「え、と…じゃあ」


ちらり、とエルヴィンと見たハンジは「ウォールマリアまで、」と言った。
知らない人間などいないはずのその言葉に、名前は首を傾げた。
名前が包帯を巻いた男を振り返り、『ウォールマリア、知ってます?』「いえ…記憶にはございませんが」と会話する。


「ウォールマリアを…知らない…?」


がしっ、とリヴァイが名前の肩を掴めば、彼女がびくっ、と反応したことには気を掛けず、矢継ぎ早に質問を繰り返す。


「壁は?」『壁?』「50Mある壁だ」『そんなものは…』「調査兵団、憲兵団、駐屯兵団の中で知ってるものは?」『兵団?国によると思いますから詳しくは…』「巨人は?」『いるだなんて報告はありませんけど』


愕然とした。
突然変わった景色はただ単に場所を移動した訳ではないなんてこと位、分かってしまうくらいに。
実に信じがたいが、どうやら自分達は…


『…異世界、ですか』


ガタガタと揺れる馬車の中で名前に自分たちの考えを話す。
果たして目の前の人物が信じるか、という疑問はあるが、彼女に信じてもらえなければ自分たちはまさに路頭に迷ってしまう、と固唾を飲み込んだ。


『俄かには信じがたい話ですが…あのAKUMAの能力を考えたら、そのような事態も起こりうる…』


可能性もなくもないですね、と、腑には落ちていないようだが一応そのように返した名前にほっと一息つく3人。
どうやらあのAKUMAの能力は、空間を歪める能力、らしい。
だから彼らがAKUMAから逃れている間ずっと街が続いていたように見えたのだろう。


『とりあえず本部に行きましょう…またそこで詳しい話を聞かせていただくことになると思います』


分かった、と頷くエルヴィン、ハンジはどこか緊張した面持ちだが、リヴァイだけはぼんやりと窓の外の景色を眺めている。
がたがた…と徐々にスピードを落とす馬車に3人が身構える。
そんな彼らに小さく笑った名前が、がたんっ、と止まった馬車の扉を開けて降り立った。


『今日はもう遅いので、宿に泊まります』


みなさんもどうぞ、という声に促され、3人も彼女と共に宿の中に入っていった。



(果たしてこれからどうなるのか)
(果たして向こうに帰れるのか)
(すべては神のみぞ知る、)
((ってか))
title:識別

リヴァイ達が灰男世界にトリップしてくるお話でした!
夢主との絡みが少なくてすみません…灰男要素をブチ込んだら長いうえに夢主の出番が少なくなっってしまいました…!ガッデム!←
50000hit企画参加ありがとうございました!
これからも嘘花をよろしくお願いします^^*

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