小説 | ナノ


  陽光の降り注ぐ下で



本を読むのは好き。
勿論医学は日々進歩しているから、医学書を読むのは欠かせない(医者の仕事していないのにとかは言わないお約束だ)。
でもそれ以外の本も当然読む。
巷で良く聞く恋愛小説に手を伸ばすことは無いけれど。
小中学と、軽く人間不信に陥っていた私が誰かと遊んで時間を潰すと言う事は無くて、基本的に勉強か本を読むくらいだった。
外に出て身体を動かすのと言ったら、米軍のおじさんに護身術を教えてもらうときぐらいだっただろうか。
ビッグママの周りの人間には、人間不信の私が何故心を許せていたのは今でも疑問だが。
話は戻って…気に入った本は書店に行って購入するけど、その本が気に入る物かどうか分かるまでは基本図書館で本を借りて読むことにしている。
東亜が彩川と話があるからといって出かけていったので、私は久しぶりに図書館に来ていた。
最近の子供は図書館などで本を読むよりもゲームで遊ぶことが多いのか、休憩所でゲーム機にかじりつく子供たちは見たけれど、図書館内で本に耽る子供はほんの少し。
自分もまだ若い部類に入るが、あの頃はもう少し子供がいたような気がする(本に夢中で周りに目を向けていなかったからよく分からない)。
陽光の差し込む窓辺のソファに、財布と携帯と軽くポーチしか入っていない小さなバッグを置き、どの本を読もうか物色する。
この図書館は取り扱っているジャンルが非常に豊富で、飽きないから助かる。
ふと目に入った青い背表紙の一冊の本。
背表紙に書かれた題名に特に興味は無かったけれど、何となく惹かれる様な気がしてそれに手を伸ばした。


「『あ』」


その本に触れる前に、別の方から伸びてきていた大きな手とぶつかった。
細くて頼りない自分の手とは正反対の、ほど良く健康的に焼けた、ごつごつとした力強い手。
まさか他の人が近くに居るとは気付かなかった。
顔を上げれば、顔を隠す為にであろう目深に被られたキャップは意味を成さず。
はっきりと相手の顔を見ることが出来た。
黒髪の端整な顔つきの青年、恐らく同じか、年上。


『あ、どうぞ』


「いや、俺も唯手が伸びただけですから…」


2人して青い背表紙の本から手を離す。
心なしか本が寂しそうに見えたけれど、一度手を離すと再び手を伸ばそうという気にはなれなくて。
別の本を探そうかと歩き出そうとした私を、キャップを外した青年が呼び止めた。


「あの…良かったら一緒に読みませんか」


『え、?』


普通の単行本ぐらいのサイズしかないのに、これを2人で読むのは難しいんじゃないだろうかと思った。
でも、何だか恥ずかしそうに頬を染めているのを見たら断り辛くて。
本人も分かっているのか、被っているキャップを取ってそれで口元の顔半分を隠す。
きっと断られたら居た堪れなくなってしまうだろうと考えたら、相手の好意に甘えることにした。


『、是非』


ほ、と息を付いた彼は青い背表紙の本を本棚から指を引っ掛けて取り出す。
あのソファは3人掛けだから2人で座ってもなんら問題ないだろうと、自分の荷物で陣取っている所に彼を案内する。
陽光は直接降り注いでいないものの、何処と無く温かい印象を与える其処は図書館の奥に位置していて、滅多に人は入ってこない。
私のお気に入りの場所で、東亜も私が図書館に居るときは此処で本を読んでいることを知っている。
今まで一人で此処に居たので、誰か自分以外の人が居ると違和感を感じた。


「こんなところあったんだ…」


『奥のほうなのであまり気付かれないんです』


一人になりたいときは絶好の場所ですよ、と笑えば、相手もゆるりと笑い返してくれた。
東亜も美丈夫だが、この青年もなかなかで、艶やかな黒髪と鋭い瞳が黒猫を連想させる。
2人で座れば、いつもと違う形に変えたソファ。
こんなに近くに座るのは東亜以外居なかったから、改めて違和感を感じた。


『多分私の方が年下なので、敬語は要らないですよ』


「分かった」


彼から本を受け取れば、背表紙だけでなく、表紙も裏も全部青で。
表紙には黒い明朝体で背表紙と同じ文字が綴られているだけでいたってシンプルなデザイン。
こういう本は嫌いじゃない。
暫く本を眺めていると、隣から声が掛けられた。


「俺、河中純一。君は?」


『名前です。苗字名前』


「…野球とか、見る?」


『んー…最近は見るようになりましたよ』


勿論東亜がリカオンズに入団したからだ。
それまではプロ野球に然程興味なんて無かったし、第一テレビを見ている余裕がなかった。
まともに見るようになったのは日本に帰ってきてからだっただろうか…果たしてドイツでテレビに触れたかどうか記憶に無い(大抵のことはパソコンで済んでいたから)。
球場で見てみたい気もするけれど、東亜が「絡まれてねぇか気になって試合に集中できない」なんて言うから行くに行けない。


「あ、のさ…良かったら今度、」


その先を聞こうとしたけれど、それを遮るかのようにバッグの中のスマートフォンが震える。
ごめんなさい、と一言謝ってからそれ取り出せば、其処には見慣れた名前が。


『もしもし』


≪図書館だろ?迎えに来たから乗ってけ≫


『うん。今行く』


≪おー。裏の方な≫


通話を切って其れをバッグの中へ。
東亜は待たされるのが好きではないので早く行かなければ。


『ごめんなさい、もう行かなきゃ』


「え、あ…」


『この本、先にどうぞ』


手に持っていた青いほんを河中さんに渡して、五月蝿くない程度に足早に其処を離れようとした。


「あの、」


『、?』


「また、会えるかな」


『本を読むときは此処に居ますよ』


なんだか切なそうな顔をしている河中さんにそう言い残して、今度こそその場を離れる。
裏手の玄関には、車を背に煙草をふかしている東亜が居て。
本を持っていないのに気付いたのか、怪訝そうな顔をした。


「いいのか?」


『ん。他に読みたそうな人が居たから』


「そうか」


運転席に乗り込んだ東亜に倣って、私も助手席に乗り込んだ。



(名前、か…また会えるかな…)
(…どこかで聞いたことあるような、ないような…)
(どした)
(んーん、何でもない)
((そう言われると気になるんだけど…))



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