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  僕が恋したあの子について



※第三者(回想)

懐かしい夢を見た。
俺があの子に恋をしていた、中学生の頃の夢。



「なーなー、C組の名前って可愛くね?」


「俺知ってる!あの黒髪の子だろ!?」


「名前?」


「え、何お前知らねーの?」


ありえねー!と口々に騒ぐ同級生。
仕方ねえだろ、知らないものは知らないんだから。


「まぁ仕方ないんじゃね?そんなに目立つようなことしてないみたいだし」


「浮いた話題もねーもんなぁ」


「やっぱりフリーってことかな?俺告ってみようかな!?」


「止めとけって。こないだ貴原が告ったけどあえなく振られたってよ」


「げ…学校一イケメンって言われてる貴原をかよ…」


がん、とあからさまに落ち込んだような表情をするダチ。
振ってくれたことが嬉しいのか、それとも学校一のイケメンにも靡かない名前とかいう女子生徒の堅さにショックを受けたのかは分からないが。
まぁ、両方だろうな。
けど、それからだ。
俺が、名前と呼ばれたあの子に興味を持つようになったのは。


「名前ー、行こう?」


『、うん』


明るい茶髪の女子生徒に名前を呼ばれてそちらに走って行く綺麗な黒髪。
擦れ違った時に見えた横顔は酷く端整で貴原に告られるのも当然か、何てことを思って、遠ざかって行く後姿に目を奪われた。
まるで日の光を知らないような真っ白の肌に包まれたその身体は細くて、男が力いっぱい抱きしめたら折れちゃうんじゃないかと思うほど。
傷みの無い髪は歩くたびに靡いて、太陽の光も蛍光灯の光もきらきらと反射させていた。


「…綺麗、だな」


如何して今まで気づかなかったのかが不思議なくらいで、ダチが騒ぐのも頷けて。
いつしか俺も、彼女に恋をしていたんだ。
そんなある日の授業中、俺の窓際の席から見える体育をしてる彼女を見つけて、胸が高鳴った。


「(50メートル、か)」


彼女と一緒に走るのは陸上部のエースだったけど、彼女は差して気にしていないような表情、というかあの擦れ違ったときと同じ無表情をしていた。
果たしてあの無表情が崩れることはないのか、とぼんやり考えている間に、教師のピストルの音が鳴る。
陸上部のエースが恐ろしいくらい真剣に走っているというのに、それについてきている彼女は相変わらず涼しい顔して走っている。
あれくらい肌が真っ白だと全然運動してないのかと思ったけど…速いんだ、足…。
走り終わった彼女に駆け寄ったのはあの時と々明るい茶髪の女子生徒で、そんな彼女に対してもあの子が表情を変えることは無かった。


「おーい、大野」


「っ、お、おぉ…」


「お前、ずっと名前ちゃん見てたろ」


「なっ」


授業が終わり、いつの間にか目の前にいてニヤニヤしながら聞いてきたダチに思わず顔が赤くなる。
違う、と咄嗟に言う事が出来なかった自分が恨めしかったが…過ぎたことは仕方ないだろう…。
こいつの言うとおり、俺は授業の内容なんか全く耳に入らないくらいあの子のことを見ていた。


「いいよな、あの真っ白な肌!」


「透き通った声!」


「そして細い割りにちゃんと胸がある!」


「でも小尻!」


「最後お前等可笑しいだろ!!」


明らかに下心の感じられる言葉に思わず突っ込んでしまった俺は間違ってないと思う、誰か間違ってないと言ってくれ。
ばしんっとそいつ等の頭を持っていた教科書で叩いてから図書室に移動する。
どっかのクラスと合同で次は図書室かパソコン室で調べ学習なんだけど、殆どの奴はパソコン室に行くはず。
もう調べ学習じゃなくてネットを使うためだけのような気がするけど…どうせ騒がしくなるだろうから俺は図書室にいく。
五月蝿いよりは静かな方がいい、と思ってそっちに行ったけど。


「…もしかして、俺以外いないんじゃね」


物音一つしない図書室には全く人気がなくて何だか寂しい。
なんだかボッチになった気分、なんてふざけたことを考えながら資料を探すけど、なかなかほしい物が見つからない。
ぐるぐると回っているはずなのに全く見つからない…俺の探し方がいけないのか?


『…どうしたの』


「おおぅっ!?」


人がいないと思っていた図書室でまさか話しかけられるとは思ってなかったから変な声を出してしまった。
変な反応をしてしまったのを少し恥ずかしく感じながら振り返れば、そこには。


「ぁ…名前、ちゃん…」


『、私の事知ってるの?』


「あっごめんっ、俺が勝手に知ってるだけだから」


『そう』


「え、と…どうか、した?」


あの子の声は酷く透き通っていて、いつまでも聞き入っていたくなるような声だったけど、やっぱりどこか感情が抜け落ちてるように感じられた。


『君、ずっとぐるぐる回ってるみたいだったから。気になって』


「ごめん、欲しい資料がなかなか見つからなくて」


『何の資料?』


「え、と…サッカーの雑誌みたいなのがあればいいんだけど…」


『あるよ。こっち』


「えっ、あ、」


きゅ、とゴム底の靴を小さく鳴らして俺に背中を向けた彼女は入り組んだ図書室を歩いていく。
慌ててついていった彼女が立ち止まったところには、俺が求めていたような資料が並んでいて。
こんなところにあったんだ、って其れを眺めてた俺を置いて、あの子は元いたところに戻ろうとしてて。
お礼も何も言ってなかった俺は慌ててあの子を引き止めた。


『、何?』


「あの、ありがとな、助かった。俺B組の大野海斗。君は?」


『…苗字、苗字名前』


「苗字さんか…ほんとにありがとな!」


『…そんなに礼を言われることじゃないよ』


何回も言う俺に面食らったのか、いつもの無表情を崩して驚いたような顔をしたあの子は、その後僅かに微笑んでくれた。
今まで一度も見たことの無い彼女の微笑みに俺は情けないくらい顔を真っ赤にしたけど、直ぐに背を向けたあの子に見られることは無くて。
嬉しいような少し残念のような…でも、俺は満足だった。
あの子と1対1で話すことが出来て、自己紹介もし合えたし。
きっとまだスタート地点にすら立っていないだろうけど、俺は自分のこの気持ちを確信した。
俺は、彼女に恋をしてしまったんだ。



(そんな気持ちに自覚したというのに、卒業と同時に彼女は俺の前から姿を消した)
((何処行ったか知ってるか!?))
((ドイツだってよ。遠いな))
((そん、な…))
(結局伝えることの出来なかったこの思いは、今もまだ)
((この胸に、燻ったまま))



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