君となら何も怖くないって思えたから
俺と名前さんがこの世界におとされた、別の世界の人間だと知るのはほんの一部。
調査兵団として俺たちを保護した、団長と、兵長。
そして、エレンに、ハンジ、ミケの5人だけ。
兵長の特別補佐、副兵長として配属された名前さんは、今日も兵長の仕事の手伝いをしているため俺とは別行動。
かく言う俺も、ここでは巨人の研究の手伝いをするということで、ハンジとともに研究に勤しんでいる。
今日は珍しく休みをもらえたから、名前さんに会いに来たのに…!
「すみません…名前さんは兵長の手伝いでここには…」
「Oh,No…!!!」
教団にいたころは名前さんが任務で教団にいないとき以外は(と言ってもあの人元帥って立場だから殆ど教団にもいなかったんだけどさ!!)ずっと一緒にいたから、ここにきて引きはがされるのは悲しい…ここにきてまで引きはがされるのか…最近名前さん、俺とよりも兵長と一緒にいる気がする…
「…お茶、飲んでいきますか?」
名前さんみたいに上手く淹れられませんけど、と苦笑を浮かべたエレンの言葉に甘えて、お茶を飲んでいくことにした。
…こいついい奴だな…向こうのエクソシスト達(あの俺にとっての小生意気集団)にも爪の垢を煎じて飲ませてやりたい…!
お茶を飲んで名前さんに会えなくて荒んだ心を落ち着かせていると、目の前に座ったエレンが若干言いにくそうな表情で声をかけてきた。
「あの…質問しても、いいですか?」
「ん?おー、俺に答えられることなら」
「じゃあ…リョウさん、不安じゃないんですか?」
「不安って、何が?」
「何がって…リョウさんたちって、いきなりこの世界におとされたって言ってたじゃないですか。今まで自分たちがいた世界と全然違うところにおとされたら…俺だったら不安で仕方ない」
「まあ、そりゃあ不安だったと思うよ?俺だって普通の人間だし」
でも、と言い淀んだエレンは、苦笑を浮かべていた。
「とても、そうは見えないですよ」
「なんだそりゃ?」
「不安を隠してるようにも見えないし、どちらかといえば、本当に不安を感じていないように見えるんです」
エレンの話を聞きながら、彼の淹れてくれたお茶を飲んでいた俺は、うーん、と言葉にならない小さなうめき声をあげ、そうだな、と口を開いた。
「多分、一緒におとされたのが名前さんだから、かもしんねーなあ…」
「はあ…」
「一緒だったのが名前さんじゃなかったら、きっと不安で不安で仕方ねーよ」
うん、と自己完結した俺の様子を見たエレンは、へぇ、と小さく声を漏らした。
俺の話に出てきた名前さんの姿を思い浮かべてるんだろうが、エレンの表情は釈然としない。
確かに、普段の名前さんを見ていれば、彼女はそんなに頼りがいのある存在というよりは、庇護欲をそそられるような、守ってあげたいと感じるようなそんな容姿をしているし、雰囲気もそれに近しいものがある。
「確かに名前さんは並はずれてて強いですけど…俺には、そんな風には見えません」
「だってエレン、名前さんが巨人と戦ってるところなんて見たことねーだろ?」
「あ、そういえばまだ直接は…」
リヴァイの特別補佐として壁外調査へと繰り出すこともあるが、偶然が重なり、エレンはまだ名前さんが巨人と戦っているところは見たことがない。
俺もないけど、AKUMAと戦っているところもノアと戦っているところも見てきたから、彼女の勇姿は聞かずとも見ずとも、ありありと想像できる。
「めちゃくちゃ強いから頼りがいになる、ってことですか」
「まぁそれもあるけど…名前さんの場合、一緒にいるだけでなんか安心すんだよ」
「あ、其れなんかわかる気がします」
きっと、名前さんと一緒に時間を過ごしたことのある人間だったらわかることだと思う。
何故かわからないけど、酷く安心してリラックスできて、気が抜けるせいか、寝れないときなんかあの人の傍に行くと一気に夢の世界に旅立てる。
…最近はその恩恵にあのチビがあやかってるとかなんとか…あああなんかまた心が荒んできた!
「(まあ、俺が感じてる安心感は個人的な感情も関係してるのかも知んねーけど…)」
因みに俺が教団の科学班の一員として活動しているきっかけは名前さんが関わっている。
そのおかげで、それまで知ることのできなかった人の温かさも、仲間の心強さも、いろんなことを学んだし、手に入れることができた。
今の俺があるのは、名前さんのおかげだから。
「…まぁ、心配なところもあるんだけど」
「?心配なところ?」
「あの人若いだろ?しかも女性だし…向こうじゃちゃんとした立場が確立されてたから何の問題もなかったけどさ…いくら副兵士長って地位があっても年季がない分、こっちじゃ舐められることが多いんじゃないかって」
「…上の人間は頭が固い奴が多いですからね」
まぁ、ピクシス指令、とかいう人はなかなかの柔軟な考えの持ち主って聞いたことあるし、団長も兵長も、古い考えや固い考えに縛られる人間じゃない。
総統もそれなりって聞いたけど、俺は対面したことがないから何とも言えない。
そういう相手だったらいいんだろうけど…あー…なんかすごく心配になってきた。
「…リョウさんにとって、名前さんは"柱"みたいな存在なんですね」
「、柱?」
「なんていうんだろう…支柱、みたいな」
無くてはならない存在で、あればそれを支えにして生きていける
多分エレンはそう言いたいんだろう…なかなか的を得ている表現かもしれない。
まあ、何はともあれ、俺がここまでここに馴染んでいられるのは、
「名前さんとなら、何も怖くないって思えんだ」
そういう安心感を、与えてくれる人だから
(多分、知らない人間にはわからない)
(でも、知ってほしいとは思わない)
(その確かな安心感だけは)
(せめて、今だけは、俺だけのものにしたいから)
title:千歳の誓い
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