寝間着の誘惑
そういえば、とリョウが書類をぴらぴらと動かしながら名前に話しかける。
リョウの足自体はハンジに向いているのだが、視線は名前に固定されていた。
『、何?』
「名前さん、寝間着ってどうしてるんスか?向こうじゃ浴衣?だったっスよね?」
『あぁ、小袖のこと?こっちでも着てるよ』
いつの間に買ったんスか!?、この間街に降りた時に仕立て屋で、と言葉を交わした二人。
その会話を聞いていたハンジは「ユカタ?コソデ?」と首を傾げている。
名前の淹れたコーヒーを啜っているリヴァイもよくわからないようで、怪訝な表情を浮かべていた。
「あぁ、やっぱりこっちには馴染ないんスね」
『日本のものだから仕方ないです』
リヴァイの隣に腰を下ろした名前も、こくん、とコーヒーを飲み込んだ。
その日の夜。
「(、名前の書類が紛れ込んでやがる)」
分別をしたであろう新兵に溜息をつきつつ、リヴァイは立ち上がり名前の部屋へ。
自分の仕事が大分少なくなったのと、名前に会いたくなったという下心の含まれた行動だったが彼女は気付かないだろう(そういうものにやけに疎い)。
すっかり暗い廊下を進めば、すぐに名前の部屋に辿り着く。
移動が面倒だからと名前もリヴァイもハンジも、自分たちに与えられた部屋にこもり、兵舎には滅多に帰らず、寧ろ帰るときは一声かけるくらいだ(最も名前が帰ったことは一度もないのだが)。
コンコン、とノックをすれば向こうから『どうぞ』という声が聞こえてきた。
「……」
『?リヴァイさん?』
どうかしました?と首を傾げる名前のいつもの格好とは違っていて。
風呂上りなのか、濡れた髪を着ているものを濡らさないように肩に引っ掛けたタオルで拭いながらこちらに近づいてくる。
乱れた髪を一纏めにするときに肘が上がれば、するり、と袖口の広い布が白い肌を滑り、普段見ることのない二の腕とその付け根までが見えてしまいそうになり。
「(目に毒だ…)」
『?』
「…それがコソデか?」
『はい、楽ですよ?夏なんて涼しいですし』
冬はちょっと寒いんで普通にパジャマ着ちゃうんですけど、と苦笑を浮かべた名前に促されるまま中に足を踏み入れる。。
潔癖症なリヴァイでも平気なくらい整理された彼女の部屋にはあまり物が無い。
他人の部屋に入ったりすること自体がほとんどないため比べる対象がいないが、ハンジの部屋に比べたら果てしなく綺麗だった。
ハンジの部屋は片付けても何故か次の日には書類や文献等々が散乱しているという事態が何回も繰り返された為、初めのころは見かねて片付けていた名前も諦めたらしく今では手を出さなくなっている。
リヴァイから受け取った書類を確認して自分の机の上に置いた名前は、ぱたぱたとスリッパを鳴らした。
『まだお仕事してたんですか?』
「いや、もう殆ど終わってる」
『それじゃあコーヒーじゃなくてミルクティー淹れますね』
コーヒーじゃ眠れなくなってしまいますから、といった名前は準備を進める。
そんな彼女の立ち姿をぼんやりと見やったリヴァイは、紺色の小袖からちらちらと覗く白い肌に目がくらみそうだった。
いい年して…と言いたいところだが、好きな女のあんなそそられる格好を見ておいて何にも感じないほうが異常だ。
男は死ぬまで生殖活動はできるのだから。
『、どうぞ』
「あぁ」
『少しぬるめにしてあります』
この時期はそっちの方が飲みやすいですから、と言う名前の言うとおり、時期は徐々に熱いコーヒーではなく冷たい飲み物がほしくなってくる頃に差し掛かっていた。
息を吹きかけて冷ます必要のないそれを喉に流し込みながら、隣に腰掛けた名前が前かがみになっているせいで浮いている背骨が小袖を通してでもはっきりとわかり視界に入って仕方ない。
いつもなら気にならないのだろうが、小袖という無防備なそれがどこか浮き出ただけの背骨をいやらしく見せていて。
つう、と背骨に沿って指を滑らせれば、ビクッ、と面白いくらいに名前の体がはねた。
『なっ、にするんですか…』
「……なあ、」
もしかして、
「下着、してねぇのか」
リヴァイの言葉に、しまった、という表情を浮かべた名前。
先ほど背骨に指を滑らせたとき、背骨の凹凸は感じたが、下着に引っかかる感覚はしなかったのだ。
無防備だと言わんばかりのその恰好に思わずため息が漏れてしまうのは仕方ないだろうが、
「それはそれで好都合、か」
『、え?』
ぐいっ、と名前の淹れたミルクティーを飲みほし、ミルクティーの入ったカップをテーブルの上に置くと、隣に座っていた名前を軽々と抱え上げる。
薄い小袖越しに感じる体温はいっそ心臓に悪いくらいだ。
ぽすんっ、とベッドの上に降ろされた名前はしばらく茫然としていたが、リヴァイの手が腰紐にかけられたところで慌ててリヴァイの手首を掴む。
『り、リヴァイさん!?』
「あ?」
『あ?じゃなくてっ、折角仕事が一段落したなら体を休めないと!』
今までずっと働きづめだったじゃないですか、という名前の腰紐にかけているほうではない手で彼女の首を撫で、するり、と小袖の中に手を滑らせる。
首筋を撫でていた手は鎖骨を滑り、肩まで撫でていて。
片方の襟を肩から外せばするり、と落ちる小袖とあらわになる上半身。
かああああ、と顔を赤くする名前はリヴァイにひたすら『見ないでください』だの『休みましょうよ』だの『これ以上は、』と声を上げるしかない。
そんな抵抗をつづける彼女の唇を噛みつくような口付けでふさいだリヴァイは、唇同士が触れる距離でにやり、と笑った。
「据え膳食わぬは男の恥、って言うだろうが」
いいな、コソデ、と笑うリヴァイからの口付けを只受け止めていた名前は、『(もうリヴァイさんの前で小袖着ない…!)』と心の中で誓ったのだった。
(脱がしやすい)
(…変なところに感心しないでください)
(…今まで何人に見せたんだ)
(見せたって…寝間着なんてそうそう見せるものじゃないですよ)
((じゃあなんであのクソ犬は知ってたんだ?))
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