小説 | ナノ


  赤く火照った頬に口付けてもいいですか?



もともと俺の肌はそこまで白いわけじゃないし、訓練やら何やらで外に出ていることも多かったからか、小麦色、とまではいかないものの、それなりに健康的な色をしていると思う。


「…白い、ですよね。名前さんの肌」


『、そうかな…?』


リヴァイ兵長がペトラさんやオルオさんたちを連れて出ているので、ここには俺と名前さんの2人だけ。
兵長から言いつけられた仕事もないからと、名前さんの淹れてくれた紅茶でささやかなティータイムを過ごしていた。


「ほんと、名前さんの淹れる紅茶は美味しいです」


『、ありがとう』


そう言って笑う彼女は、ミカサとはまた違う類の美人だった。
くりっとした大きな眸が特徴的な、人形みたいに整った顔。
クリスタともまた違うように見えるのは髪の色がかけ離れているからなのかよくわからないけど、俺的には名前さんのほうが好みだった。


「…名前さん」


『ん?』


「美人って、よく言われません?」


『……』


俺の発言に少しの間固まった名前さんは、少し困ったように笑っていた。
手にしていた紅茶をソーサーに戻し、ぼんやりと窓の外の緑に目を向ける。


『皆、お世辞かどうかは分からないけど…そう言われることもあるよ』


「お世辞なんかじゃ」


ない、とそう断言しようとした俺の視界に入った名前さんの表情は、少し辛そうだった。


『整い過ぎて、人間じゃないみたいって』


そう言われるのが、なんとなく悲しかった


『もちろん向こうに悪意はなかったかもしれないけど…でも…』


「、でも?」


『…そう言われるたび、昔を思い出しちゃって』


窓の外をぼんやりと見やりながらそういう彼女のまつ毛は多く、長い。
眸の色は俺と同じはずなのに、何故か彼女のほうがずっときれいに見えた。
血の気があまり感じられない肌は白く、其れに相反するように唇はみずみずしい桜色。


「…あの、差し支えなければ…」


教えてほしい、とははっきり言わなかったけれど、彼女にはこれで伝わるはずだ。
名前さんも、時々こうやって明言はしないものの、相手に伝える方法をとる人だから。


『…あまり気分のいい話じゃないけれど』


そうだな、と名前さんは外に向けていた視線をティーカップに戻した。
触れていないために全く揺れていない水面は、彼女の端正な顔をまるで鏡のように映している。


『私の両親は、私をサーカス団に売ったの』


「サーカス団に…?」


『えぇ…見た目はそれなりだったし、バランス感覚も良かった。両親には借金があったらしくて、その返済のために』


「そんな…」


『でもね、サーカス団の一員になれて幸せだったと思ってる。私が売られたサーカス団は、私みたいな境遇の子も少なくなくて…団長も先輩もいい人ばかりだったから』


まるで大きな家族のようだったと、名前さんは懐かしむような声色で話す。


『私たちはあちこち回って巡業してた。その日も、いつも通り、演技をして閉幕するはずだった』


そこで、事件は起こった


『AKUMAがね、サーカス団も観客も無差別に殺したの』


「そんな…」


『買い出しに出ていた私以外は皆死んでしまって、私は行くあてを失った。まだ小さな子供で、大人に対抗する力なんて持ってなくて…いつの間にか闇市の商品になっていたの』


「闇市…?」


『人身売買とかいうやつ、だよ』


「!?」


まさか、目の前の彼女にそんな経験があっただなんて。
俺はそうとは知らずに、そんなことを思い出させてしまうなんて…!


『その時の私の商品名が、”ビスクドール”だったの』


きっと、人形、と言われるたびに思い出していたのだろう。
忌々しい、その記憶を。
忘れてしまいたい、屈辱を。


『たまたま近くを通りかかった元帥に、適合者であることが分かって…買われることなく、教団に連れていかれたの』


「…すみません、辛い話なのに…俺、」


『いいの、私も、誰かに聞いてほしかったのかもしれないし…』


すこし、楽になった
そう笑った彼女の言葉が本当なら、俺は名前さんの力になれたってことなんだろう。
この人は抱えているものが多すぎるから、少しだけでいい、分けてほしいと常々思っていた。
少し冷えてしまった紅茶を口に運び、一息ついた名前さんに、どうしても伝えたくて。


「確かに、名前さんは人形みたいに綺麗だけど…」


『、エレン…?』


「俺は!生きてる名前さんが好きです!」


めちゃくちゃ恥ずかしかったけど、名前さんの目をまっすぐ見て言えた。
一瞬呆気にとられたような表情を浮かべていた名前さんの白い頬は、俺の目の前で見る見るうちに赤くなる。
…この人、本当に年上なのかな…すっげえ可愛い!!


『えと…ありがと、エレン…でもあんまり見られると、恥ずかしい、かな…』


「俺は名前さんを見てたいです!」


彼女の言葉を拒否するような俺の言葉も、やさしい名前さんははっきり突っぱねられなくて。
未だ赤い頬を手の甲で軽く隠しながら笑った名前さんは、やっぱり綺麗で、可愛かった。



(真っ赤に熟れたリンゴのようなその頬も)
(触れればきっと、とても柔らかいから)
(ほら、貴女は無機質な人形なんかじゃない)
(ちゃんと生きてる)
(人間なんだ)


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