小説 | ナノ


  蕩ける様な恋に沈んで行くかの様に



たとえどこの世界に行ったとしても、オとされたとしても。
世界は、残酷で、美しいのだろう。


「…名前、朝だ…」


『、ん…』


緩やかに肩を揺らされる感覚に、名前の深く沈んでいた意識が浮上する。
耳元で囁いているのか、肌を撫でる息は温かく、寝起きのためか掠れていた。
名前は薄く瞼を持ち上げ、カーテンから差し込む朝日に眩しさを感じながら、肩に置かれている手に自身の手を重ねた。


『…おはよう、リヴァイさん』


「あぁ、おはよう」


そう緩く笑いあいながら、2人ベッドの中で小さく唇を重ねる。
既に窓の向こうの太陽は、いつも起きる時間よりも高く昇っていて。
あぁ、そういえば今日は私もリヴァイさんも休みだったな、と未だ目覚めきらない頭でぼんやりと思い出す。


「…今日は、どうする」


普段は忙しくて、互いのために時間をとるだなんてことはできない。
2人が想いを通わせてからというもの、エルヴィンが気を使ってか、彼らの休みが重なるようにと配慮してくれているおかげで、2人の時間を共有できている。
今までひたすら巨人討伐、女との付き合いは性欲処理、とあまり褒められた経歴ではないリヴァイは、名前にこうして気を使うことが多かった。
とはいえ、名前もこうして誰かと付き合うという経験はなくて。
結局、2人は手探りで進んでいるようなものだった。
名前はリヴァイの言葉に目を細め、触れている彼の手に少しだけ力を入れた。


『今日は…リヴァイさんとゆっくりできてたらそれでいい…』


「…お前は本当に無欲だな」


『、そんなこと』


ないですよ、と小さく笑いながら、リヴァイの寝癖のついた前髪を梳く。
潔癖症のリヴァイは、自身の体をそうそう他人に触れさせるなんてことはしないが、名前には自ら触れるし、彼女が自身に触れても文句ひとつ言わない。
それを見るだけでリヴァイが彼女を特別扱いしていることははっきり見て取れた。
自身の前髪を弄る彼女に倣うように、リヴァイも指通りのいい名前の髪を指に絡める。
するすると、絡めてもまるで逃げていくようにベッドに散らばる彼女の髪は、いつ触れても気持が良い。
そんなリヴァイの手が気持ち良いのか、目を細めた名前は、そのまま彼の愛おしげな視線から目をそむけるように目を軽く伏せた。


『本当に無欲だったら…この世界にとどまりたいだなんて考えてない』


「、」


名前の言葉に、リヴァイの表情が硬くなる。


『…私には、守るべきものがあったはずなのに』


目を閉じれば今でも鮮明に思い出せる。
教団(ホーム)にいる皆、任務の途中で出会った町の人々、共に戦ってきたエクソシスト達。
いつでも、どんな時でも、苦楽を共にしてきた仲間を、私は、守らなくてはならないのに。


『リョウが向こうに帰るすべを探しているけれど』


千年公が自ら手を下したのだ


導士でない私たちには、どうにもできない


どうせ、戻れない


戻れない


戻りたく、ない


『…そんなことを考える自分が、嫌い…』


どれほど浅ましいのだろうと、いつも考えてしまう


そう、震える声で告げた名前を、リヴァイは強く抱きしめた。
自分とあまり身長の変わらない彼女の肩幅は、自分よりもずっと狭くて。
腕の太さも、足についている筋肉の量も、腹筋の割れ具合も。
自分よりずっと華奢で、弱々しくて、頼りないというのに。


「(こんな体で、世界を守っていたのか)」


世界を守るにはあまりに少ない戦闘部隊の、その主戦力と言っても過言ではない彼女は、本当はとても弱いのに。
それでも誰かを守るために、与えられた力を奮ってきた。
名前が世界を守っている。
仲間も、名前が守っている。
なら、


一体だれが、彼女を守るのだろう


「…いいじゃねぇか、いつまでも、ここに居たって」


『、リヴァイさん…?』


彼の言葉に、伏せていた瞳を上げる。
壁の向こうの美しい世界を現したかのような不思議な色をした眸が、ただまっすぐに、リヴァイだけを映していた。


「今までお前は世界を守ってきた…それで十分じゃねぇか」


なあ、いつまでこいつを縛り付けるつもりだ。


「お前は今、ここに居る」


もう、充分だろ


「お前は、俺のものだろ」


これ以上


「もう、”向こう”の事なんて、忘れちまえ」


俺からこいつを、


『リ、ヴァ…』


「これからは、俺が、」


遠ざけないでくれ


「俺が、守るから」



(それは”恋”だなんて生易しいものなんかじゃない)
(それに名をつけるのならば)
(依存というのが)
(相応しい)

title:千歳の誓い

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