小説 | ナノ


  皆に、ただいまって、言って



カリカリカリとリヴァイのペンが紙をひっかく音が響く兵長室。
こぽぽぽっ、と小さな音を立てて入れられたコーヒーにミルクと砂糖を加え、それをむらなくかき混ぜればリヴァイ好みの味が出来上がる。
名前は自分の分のコーヒーも入れて、小さなトレイに乗せてそれをリヴァイの机ではなく、ソファの前のローテーブルの上に乗せる。
そのすぐ後に、リヴァイが握っていた万年筆が置かれる音がして。
はああ、と疲れたように息を吐き出した彼に、彼女は緩やかな笑みを浮かべた。


『休憩しましょう。今日の分はひと段落しました』


「あぁ…」


エルヴィンに提出しなければならない書類ではあるが、すぐに提出、というわけではない。
それに、今日の午前中の時点でエルヴィンの机の上には既にうず高い書類の塔が出来上がっていたので、今持って行っても彼がすぐに処理をするということはないだろう。
椅子から立ち上がりソファに腰掛けたリヴァイの目元には、いつも以上に隈があり。
ずず、とコーヒーをすすっているリヴァイの邪魔にならないよう、その目元に手袋を外した指先を滑らせた。


「、なんだ」


『隈、出来てますよ』


今日の分は終えたし、数日先の分も前倒ししていたせいだろう。
エルヴィンと言いリヴァイと言い、自分たちの室長であった仕事をしないコムイとは大違いだな、と苦笑が浮かんだ。


『今日はちゃんと寝てくださいね』


「……あぁ」


『、なんなんですか、その間は』


もう、と小さく零し、リヴァイがコーヒーを机に戻したのを確認してから、もう片方の手袋も外して、目元のマッサージをする。


「膝、貸せ」


『、え』


でも、ベルトが、と彼女が言い淀んでいる間に名前のほっそりとした太ももに頭を載せてしまったリヴァイ。
そんな彼に小さくふ、と笑った名前がマッサージを再開しようとしたら。


ドサッ


「『!!』」


二人しかいないはずの兵長室に何かが落ちてきた。
名前の膝枕でまったりするはずだったのを邪魔されたリヴァイは、いつも以上に凶悪な顔をしていて。
名前を守るかのように片手で彼女を抱き寄せ、懐から出した銃の銃口を音とともに現れた黒い物体に向けた。


「ぃ、ってて…」


もぞ、と起き上がった、赤の装飾が施された黒衣の男は、白髪を揺らしながら起きあがる。
二人に背中を向けているため、リヴァイに向けられている銃口の存在には気が付いていないらしい。
彼に抱かれている名前は、その見覚えのある後ろ姿に目を見張り、恐る恐る口を開いた。


『……アレン?』


「はい?」


振り返った青年の左目にはしる逆さペンタクル、彼の養父、マナの呪い。
その整った顔立ちも、灰色の眸も、何もかもが、懐かしくて。


「名前…?」


『、久しぶり、』


涙に瞳を潤ませた名前が言えば、アレンは目を見開き、その瞳からボロボロと涙を流す。
その二人の反応から、アレンが向こうの、名前のいた世界の人間なのだと悟ったリヴァイは、彼女の体を、アレンを警戒しながらゆっくり解放する。
銃口もおろし、懐にしまい込んだ。


「名前っ」


だっ、と彼女に飛びついたアレン。
彼女の細い体を折れそうなくらい強く抱きしめたアレンは、ぐすぐす鼻を啜りながら彼女の肩に顔を押し付けながら苦しそうに吐き出す。


「バカっ、なんで急にいなくなっちゃうんですか!!」


『、ごめ』


「リナリーもラビも、ミランダもクロウリーも神田も!みんな心配して!師匠たちなんて、名前がいなくなってすぐに世界中に捜索に出てっちゃうし!」


もう離さない、と言わんばかりに強く抱きしめるアレン。
けほっ、と苦しそうに咳をした名前に目ざとく気付いたリヴァイが、べりっ、とアレンを引きはがし、今度は名前を彼が抱きしめた。
何が起こったかよく理解していないアレンは何度か瞬きをした後、キッとリヴァイを睨み付ける。


「誰ですか、あなたは」


「口の利き方に気をつけろよ小僧」


「は?小僧?僕とあんまり変わらないんじゃ」


そういった瞬間にバキッと殴り飛ばされたアレン。
一般兵だったら気絶ものだが、日々エクソシストとして体を鍛えて居るアレンはそこまでは至らなかったらしく。
殴り飛ばされてもすぐに起き上り、何すんですか!!と反論した。
このままではとんでもない喧嘩に発展しそうだと(立体機動とイノセンス使用)悟った名前は喧嘩をなんとか仲裁し、アレンを自分たちの座っている前のソファに座らせる。


「あの…今さらですけど、ここは」


『ここは異世界…アレンたちがいた世界じゃないよ』


「…道理で、なんだか変な感覚がしたんですよ」


『変な感覚?』


「はい、こう…ぬるっていうか、どろっていうか…」


あぁ、自分もここのとされたときは似たような感覚だったかもしれない、と名前は以前を思い出し唇をかみしめる。
目を伏せた名前に、アレンが口を開いた。


「名前、帰りましょう」


『えっ』


「、」


アレンの言葉に驚いたのは名前だけではない。
彼女の隣に座っているリヴァイも顔を歪めた。


「行けるかどうかは分かりませんけど、きっと方舟で、」


『…多分無理だと思う』


そう言い切った名前に、アレンは顔を歪めた。
でも、となおも食い下がる彼に、彼女は根拠を口にする。


『千年公にここに落とされるとき…千年公は方舟を一度も使っていなかった』


「、方舟なしで、どうやって…」


『詳しいことはよくわからない…けど、導式を使っているのは分かった』


「導式を…?じゃあ、師匠に聞けば…!」


そう言って立ち上がったアレンの体は、


「ぇ」


「…透けてんな」


『…時間なのかもしれない』


「そんなっ…折角、やっと見つけたのに!」


机をまたいで名前の目の前に立ち、そのまま彼女を再び抱きしめる。
名前もアレンの背中に腕を回す。


『(…あぁ)』


何時の間に、こんなに成長したんだろう


長い睫が涙にぬれるのを感じながら、、名前はアレンの言葉に耳を傾ける。


「必ず、必ず名前を連れて帰ります」


『アレン…』


「…僕らには、あなたの力が…いえ、あなた自身が必要だから…!!」


ぽろっ、と零れる涙。
アレンはその涙を拭いながら、彼女の隣に座っているリヴァイに視線を向ける。


「…ここがどんな世界かは分かりませんけど、もし名前に何かあったら…僕らは全員、貴方たちを許さない」


「名前に何か?ハッ、んなこと、万に一つもねぇから安心しろ」


「そうですか。それと、」


彼女に手を出したら、ただじゃおきませんから


ピリッと張り詰める空気。
未だ涙を流し続ける名前の両頬を優しく包み、アレンは笑った。


「待っててください、かならず、くるから」


『、アレ』


「みんなに、ただいまって、いってあげて」


『アレンっ』


泣きたいのをひたすら我慢している、不器用な笑顔だった。


「またね、名前」


『ぁっ』


すう、と消えたアレン。
影も形もなくなったのに、彼が触れた頬には、アレンのぬくもりが残っていて。
それが余計に、彼女を悲しくさせた。


『っふ、ぅっ…』


アレンにまわしていた腕で自分を抱きしめる名前。
そんな彼女を無言で、リヴァイが強く抱きしめた。
涙のあふれる眸を自身の肩口に押し付け、ぽんぽん、と背中を優しく叩く。


『リヴァイ、さん、わたっ、わたしっ』


「…あぁ」


『わかんなっ…帰りたい、のか、ここにっいたっ、いの、か』


「…あぁ」


『わかんないよっ…』


彼女の生まれ育った世界、ずっと守ってきた世界。
彼女の新たな世界、愛しい人と出会えたセカイ。
どちらも彼女には大切で、どちらも捨てられない。
ただリヴァイは、名前がアレンの提案にすぐに頷いてしまわなかったことにひたすら安堵し、自身の腕の中で増える彼女が、少しでもともにいる時間が多いことを、ただ。



(神よ)
(あなたは、どれだけ彼女を)
(苦しめれば、傷つければ)
(気が済むのですか)


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