熱に魘され君を求め
※あいつの彼女の続き
渡久地が重い瞼を開ければ、世界は滲んでいた。
いつもよりも身体は熱いのに、どこか寒くも感じる。
ふと横に視線を向ければいつも一緒に眠っている彼女の姿は既に無くて、どうやら先に起きてしまったらしい。
自分も起きようと腕に力を入れるも、上手く力が入らない。
想像以上の倦怠感が彼の身体を包み込んでいた。
「…だる」
はぁ、と熱い息を吐き出せば少しは楽になるかと思ったが、辛さはさらに、次から次へと生まれてくる。
寝返りを打とうにも、上手く体が動いてくれない。
暫く経験していなかったその辛さに顔を僅かに歪めていると、寝室の扉が開かれる。
『、目覚めた?』
「…名前…」
『東亜が寝てる間に熱計った。39.3℃…いつもながら酷い風邪だね』
医師である名前は手慣れた様子で持ってきた熱冷ましのシートを渡久地の額に貼る。
ひんやりと冷たい其れを感じた後に吐き出した息は、先程と違って幾分か身体を楽にしてくれた。
その後、氷袋を首やわきの下に挟んで出来るだけ体温を下げようと試みる。
渡久地の汗をタオルでふき取る名前の傍らには銀のトレイ。
中には透明な液体の入った注射器と、消毒に使われるであろうアルコール綿。
恐らく中身は抗生剤だろうと、ぼんやりとして上手く働かない頭で考える。
『打つよ?』
「おー」
アルコール綿が肌の上を滑れば、揮発性のアルコールのせいで一緒に熱も逃げていく。
ひんやりとした其処に、注射器の針が突き刺さる。
病院に勤めていないから腕が鈍ったのではと心配していたがどうやら杞憂だったようで、彼女の腕はまったく鈍ってなどいなかった。
然程痛みもなく刺されたそれは、渡久地の体内に抗生剤を送り込む。
注射は薬よりもずっと効き目が早いから、直ぐに症状は緩和されるだろう。
渡久地の引く風邪も症状こそ酷いが、彼女の看病であれば次の日にはケロリとしていることが殆どだ。
最も、別の人間が看病をしたときはずるずると長引かせてしまったのは言うまでも無い。
やはり医者と一般人では処置に差が出てしまうのは仕方のないことだろう。
名前は渡久地の汗を拭く為に外したボタンを閉めて捲くっていた布団を掛け、ひんやりと冷たい気持ちよさに目を閉じた渡久地の血色の良くなった頬を撫でる。
普段は自分よりも高い彼女の体温もこのときばかりは冷たく感じるのか、渡久地はふ、と小さく笑ってその手に自分の手を重ねた。
『一眠りした方がいいよ。目が覚めたらきっと楽になってる』
おなかも空いてるだろうから、お粥も温め直そう
「…ん」
ぶくりぶくり、とまるで温い水の中に身体が沈んでいくようだ。
小さくそう返事をした渡久地は、遠ざかっていく意識を繋ぎとめることなく眠りについた。
『寝た、か』
いつもよりも荒い息を繰り返す渡久地だったが、身体を冷やしていることと抗生剤が効いているらしく、その寝顔は決して苦しげなものではなかった。
彼に安眠を邪魔しないように部屋を出て行こうとするが、渡久地の頬と手に挟まれた手が抜けない。
弱っていると言うのにどうしてこんなにも力が強いのだろうか。
仕方ないな、と苦笑を浮かべた名前は渡久地の寝転がっているベッドの空いているスペースにその身を横たえる。
その間も彼の手は彼女を離さないといわんばかりに離れはしなかったため、少々寝にくい。
それでも何だか、自分が彼に求められているように感じて。
不謹慎ながらも小さく笑った名前も、隣で眠る渡久地に倣って目を閉じた。
(おやすみ、東亜)
((目が覚めたとき、いつもの君に戻っていますように))
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