こうしてわたしは
挫折しました。
猪名寺くんは優しくてドジでよく何かしらの不幸に見舞われている不思議な人だった。仲が悪いというわけではなかったけれど、特に仲が良いわけでもなかった。
「わ、私と付き合って下さい」
はあ。
それがひとまずの返事で、素直な感想だったことは確かだった。生まれて初めての告白も唐突にされてみれば なにか言われてしまった くらいのもので、どきどきしましたとか、嬉しくて涙が出そうとか、その一言で好きになりましたとか、そんな大層な感想を抱ける訳もなく、ただただ はあ。それ以外なんと言っていいかわからなかったし、何と思っていいのかわからなかった。
沈黙に耐えかねた猪名寺くんに返事は今度でいいと言わせてしまった。さすがに返事はもうしましたとは言えなかった。
「土曜の花火行く?」
「行かない」
「暇な日ある?」
「親戚の家に行くから暫く忙しいかな」
「次いつ会える?」
「さあ」
ふと小学生の頃を思い出した。
一日十分で成績アップのうたい文句と定期的に届く勧誘漫画がとても魅力的だった。サンプルとして入っている問題はわかりやすい解説が付いていて勉強ができない私でも少しは成績が伸びそうな気がした。
とにかく私は自分が続けられる人間だということをアピールしたくて、お風呂掃除を何日も続け母を説得したのだった。今思えばなぜあんなに必死だったのか理解できない。
始めてから数カ月すればたまりにたまった問題集は積み重なって何時間分にもなっていた。算数の公式や漢字の書き順やかき取りも一日少しでもすれば身に付くものを私はそこらの床に放っておいて、ただの紙くずにしてしまう。今にも崩れそうな本や漫画の山の中に紛れ込んだ一学期の復習やおさらいテスト、二学期の予習といった見出しの冊子たちはそうしておけばなかったことになってくれる気がした。
問題を山積みにしてからどうするか考える。もうどうしようもなくなってやっとごめんなさいを言うのだ。
「この前の返事のことなんだけど…」
「…………、ごめんなさい」
昔からそんなことをしていた私は、一日十分の勉強も頑張れなかった私は、毎日猪名寺くんの事を考えていることなんてできっこなかったのです。
提出:さえ