私の恋する器官は15年間こそりとも音をたてないので、死んでいるのかと思ったが、実は生きていて。
それは私を非常に強く振り回すので、一時期はこいつが心臓に成り代わって私を動かしているのではないかと思ったほどだ。
恋する器官によって生かされている私。
正直しんどい。
だって、こいつときたら肝心なところで私から冷静さを奪うし、ときには大好きな人の前でバカなことをやらせたりする。
そして、扱いあぐねて、もてあまそうものなら、まるで逃げるなとでもいうように繰り返し繰り返し愛しいあの人の姿や声をのべつまくなし四六時中再生してくるのだ。
やめてくれ。
これではとても、とても身が持ちそうにない。
恋する器官よ今はどうか静かにしていて。
大好きなあの人が向こうからやってくるのだから。
縁側に腰掛けて、こちらに歩いて来る綾部を視界に捉えた私は、そう念じながら胸の辺りをぎゅうっと押さえていた。
「南先輩どうしたんですか?」
そういきなり声をかけられて、現在私の心臓に成り代わっているソレがひときわ大きく跳ね上がった。その勢いたるや、つられて私も飛び上がりそうになったほど。
ああ、向こうから喜八郎が来るな、と身構えていたはずなのに、好きな人の声はいつだって心臓に悪い。
顔をあげてみれば、そこには四年の綾部喜八郎が飄々とした気配を纏って立っていた。
ついさっきまで穴を掘っていたようで、動くたびに揺れる髪からはまだぱらぱらと細かい砂が落ちてくる。
胸に手を置いたまま、半笑いの微妙な表情で私は答える。
「ご心配いただき、かたじけない。ちょっと持病の癪(しゃく)が・・・。」
「なに言ってるんですか先輩は超健康優良児のくせに。」
笑いでごまかすのは私の常套手段。
それに喜八郎が切れの良いつっこみを入れてくれるのももうお約束。
彼の前で私が意味不明なのはいつものこと。
彼も相当変わっていると言われているけれど、私も相当の変わり者として彼に映っているのだろう。
すべては私の中のあいつが悪いのだ。
本当にままならない。本当は、もっと女の子らしく映りたいし、せめて頼れる先輩だと思われたい。
もともと年が上の私が、喜八郎にとってそういう対象になることが非常に難しいことがわかりきっている私は、滑稽なほどに必死だ。
「はいはいどうせ私は丈夫さだけが取り柄ですとも。
喜八郎は、今日も蛸壺堀りにご精が出ますこと。」
「もう今日の分はおしまいにします。」
そう言うと、どろどろの格好のまま、喜八郎は縁側の私の隣に腰をおろした。
土の深い匂いが濃く香る。よほど下の方まで掘っていったのだろう。
「・・・土の匂いがする。」
「・・・気になりますか。」
「ううん。好きだよ。」
「先輩は本当に変わってますね。」
ああ、やってしまった。泥の匂いが好きだなんて、ちっともかわいくない。
また喜八郎に変なやつだと思われてしまった。
「僕、変わってるってよく言われますけど。先輩も相当ですよね。」
はい。また言われた。もう残念すぎる私の立ち位置。溜息。
「変わり者同士、仲良くしましょうか。」
急に喜八郎の手が伸びてきて。
そっと私に触る彼の手からは柔らかな土のにおいがした。
暴れだすコイゴコロのはなし。
どきん!
提出:神楽さん