10歳になってしばらく経つというのに、犬に吠えられただけで泣くし、まだ夜1人でトイレに行けないし、挙げ句夜中のトイレに付き合えば、いもしないお化けに怯えて途中でチビるし。こいつは本当に大人になれないんじゃないか、と幼馴染みながらに思う。私たちがもう10歳年をとっても、こいつだけはチビのまんまで泣きべそかきながら南ちゃん、南ちゃん、と私の後をついて回るのではないかと。
大人というものは背が大きくてめったに泣かない強い生き物だ。ましてお漏らしなんてとんでもない。あの平太があと10年で大人になるなんて地球が半分に割れるくらい有り得ない出来事だ。それくらいあいつはチビで泣き虫で、とびきり弱かった。私がいないと何も出来ない、どうしようもない奴だった。
そんな平太にも一丁前に好きな子がいるらしい。隣の平太と同じクラスの友達が言っていた。平太くんには付き合いたい子がいるんだって!南ちゃん誰だか知らない?確かに少し前からそういう類いの話が流行ってはいた。けれど、まさか平太にそんな大人な出来事が起こってしまうなんて!この世の終わりかと思った。思い出しただけで、心臓が音をたてて時計の秒針よりも早く動き出す。体中の血が頭の天辺に勢いよく集まっていくのを感じる。好きとか、付き合うとか、それは大人が使う言葉で、大人からはずっとずっと程遠い平太が手を出せるものじゃないのに!

「南ちゃん、南ちゃん…」

私に黙って、勝手に大人になろうとする生意気な平太を置いて、私は帰り道を急ぐ。何も知らない平太が早足で私の後を追いかけてくる。その足音にさえ私はいらだった。

「ま、待ってよう…南ちゃん」
「うるさい!ついて来ないでよ!」
「うぅ……ごめん…」

平太の鼻を啜る音が聞こえて何だかいつも以上にいらいらする。私は絶対に振り向いてなんかやらない。さっさと好きな子の所へ行っちゃえばいいんだ。

「……南ちゃん、僕ぅ…何かした…?」
「し、知らない!」

半泣きになりながらも平太はまだ私を追ってくる。泣いたって、チビったって、もう助けてなんかやるものか。何故かそう思うと肺がきゅうっと小さくなって、とても苦しい。目の前が霞んでぽたりぽたりと、行き場のない感情が目から地面に零れ落ちていく。


「……平太なんかどっか行っちゃえ」
「…南ちゃん?…泣いてる…の?」
「泣いてない!」
「うぅ…ごめん、南ちゃん泣かないで…」

そう言った平太がしくしくと私よりも泣き出しはじめるから、いつもの癖で私の涙がぴたりと止まってしまう。私が平太を守らないといけない。

「っ南ちゃん……僕のこと嫌いに、ならない、で…」

立ち止まって振り向くと、平太がむせび泣いていた。自分の涙を急いで袖で拭うと、いつもみたいに平太の分の涙も拭ってあげる。拭っても拭っても平太の涙は止まらない。南ちゃん南ちゃんと嗚咽混じりに平太が私を呼ぶ。

「平太は絶対、誰も好きになっちゃいけないんだからね。そしたら、私と絶交なんだからね」

一人だけ大人になぞしてやるものかと私は平太に密かに呪いをかけながら、私も繰り返し平太の名を呼べば、萎んだ肺が少しだけ軽くなった気がした。


愛だの恋だのうるっせえ



提出:デクさん



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テーマ「人外ファンタジー」
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