今日も僕は穴に落ちた。見上げた空はあの日と変わらず高く澄んでいて、変わったのは僕だと思い知らされる。
「伊作、大丈夫か?ほら、」
「ありがとう留三郎。」
穴に落ちている僕を見つけた留三郎は僕に向かって手を伸ばした。
掴んだその手は男のもので、やっぱり僕は変わってしまったのだと思い知らされる。
あれは僕が一年生の春の事。
まだ学園の事は右も左もよく分からなかったから、早く慣れようと思い学園の中を歩いていた時、急に世界が反転した。
目の前に広がるぽっかりと丸く切り取られた空を見てやっと僕は穴に落ちた事が分かった。
かなりの深さで自力で出るのは不可能。何か持っていないかと身体中を探ったが、散歩中であったし、直ぐに帰る予定だったから何もなかった。
一年生の春で友達と呼べる人もいなかったから散歩に行く事を誰にも言っていない。
ああ、どうしようかな。
耳を澄ませてみたけれど人が通る気配もしないので、そろそろ大声で叫ぼうとした時だった。
「大丈夫?」
空から降ってきた綺麗な声。
見上げると一人のくのたまが僕を見下ろしていた。
「ほら、掴まって。」
差し出された手に引かれて外に出ると太陽の光が眩しかった。
「ありがとうございます。」
「いいのよ。それより擦り傷が沢山あるし、医務室に行きましょう。」
くのたまは地面に置いてあった大きな袋を抱えた。
「あの、その袋は、」
「ああ、これ?中には包帯が沢山入っているの。」
くのたまは忍たまとあまり関わりがないと聞いたけれど違うのだろうか。
「あ、もしかして私が此処にいるのが疑問なのかしら?保健委員長が私の幼なじみなのよ。だからそのよしみでお手伝いしているの。」
そのまま左手で袋を抱え、右手で僕と手を繋ぎ医務室に向かって歩き始めた。
「私は四年の朝倉南。あなたの名前は?」
「ぜ、善法寺、伊作、です。」
「伊作君ね。よろしく。」
医務室に着いても誰も居らず、朝倉先輩が治療してくれた。
優しい先輩に僕は憧れた。
それから僕は保健委員に入り、同じ組の留三郎と直ぐに友達になった。
僕はよく穴に落ちるし、よく転ぶから留三郎は驚いていたけれどいつも助けてくれた。でも生傷は癒えなくて何度も何度も医務室へ足を運んだ。
「あら伊作君また来たの?」
医務室には偶に朝倉先輩がいて、よく話すようになり、会えるのが楽しみでもあった。
「怪我をしないように注意して歩かないと駄目よ。」
そして優しい手付きで包帯を巻いてくれる先輩が大好きになった。
それから四年間なんてあっという間で、先輩は卒業し、僕は四年生になった。
初めて先輩と出会った時と同じ年齢になった。
もう医務室に行っても先輩は居なくて、僕は自分で包帯が巻けるようになった。
それからまた二年。
僕は六年生になった。
それでも生傷は癒えなくて、何度も何度も一人で包帯を巻いている。
穴の中にいる後輩に手を差し出すのも僕。
僕は先輩のような忍者になれるだろうか。
卒業したら先輩に会いに行きたい。あの日のように今度は僕が先輩を助けたい。
そう、いつか、いつか
迎えに行きますから、どうか待っていてください。
提出:あじむさん