「例えば、長次と文次郎とうどんを食ってる時だろー。裏山を体育委員たちと走ってる時や、座学の授業よくわかんない時。あー風呂入ってる時もか。気付いちゃったんだ私」
「ああ」
「どうも、その場にいない、ある女のことを考えてしまうんだ」
「そうか」

長次はこちらを見ることなく、ぺらりと本をめくる。私は両腕をだらしなく伸ばして、自室前の縁側に寝そべった。

「……くのいちか」
「いや、町の茶屋の娘でなー、一回六はと忍務に出かけた時立ち寄ったんだが、うん、どうにも」
「どうにも?」

今度は私の話に集中してくれたのか、長次は本に栞を挟んで身体をこちらへ向けた。

……何と言えばいいのだろうか。
さっき伝えた通り、何をしてても私は、あの娘の調えられた女らしい髪や、好きだと感じたきれいな声、去り際の後ろ姿が瞼の奥に焼き付いて離れないのだ。
私が実技で拳を握っている間、あの娘は客に茶を出しているだろう。塹壕を掘りまくって留三郎にぐちぐち文句を言われてる時、あの娘はすこし休憩でもしているのかな。私が黒装束を纏い苦無を掴む頃、あの娘は私の知らない誰か愛する男の腕に抱かれているのだろうか?

「……うむ。それは気分悪いな」
「?」
「あ、いやこっちの話だ」

なははは! 誤魔化すように笑ったところで相手が悪い。長次は全て見抜いているような目をして一瞥をくれた。どきん、思わず身体を起こした。

「、なんだ?」
「小平太、お前、それは」
「それは……?」
「恋だろう」

初恋だ、と無口な人は呟いた。
はつこい。こい。恋。成程。

(これが恋かー)

じゃあ、町に出掛ける用事がある日は朝から調子が頗る良くて、身体の芯から嬉しさが込み上げてくるのも、茶屋に立ち寄ったら、あの娘が私のことを覚えててくれたあの時の、導火線がぱちぱち弾けるみたいなくすぐったさも、全部ぜんぶ、私が恋をしたからなのか。

「……長次、私ちょっと走ってくる!」

居てもたってもいられなくなって、すっくと立ち上がった。長次はもう既に本に目を落としている。何も言わない、それが心地好い。

次にあの娘に会ったらどうしようか。まず名前が知りたいな。私も名を告げて、すこしずつでいいから話をしたいぞ。初恋という、この透明でふわふわしたあったかいものを私は、大切にしてみたい。

「いけいけどんどーん!!」

空がこんなに青くてきれいだということを、私は今日初めて知ったような気がした。


提出:サムさん



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