彼女は溺死する


淡く輝く水面。それを虚ろな眼が、崖の上から見詰める。

汚くて汚くて、荒んだ、酷い世界。私にとってそれは苦痛とノイズで。美しい世界なんて、ここには存在しない。あるのは、苦界。

「私は、死にたいの」

凄く辛くて、苦しくて、痛くて、悲しくて。呼吸が詰まって上手く息が吸えない、酸素が巡らない。ぐっと、首を締められてるみたいに。重い鎖で、がんじがらめに拘束される身体は、悲鳴をあげた。

黒いワンピースの裾が、風に煽られて宙を舞う。サンダルは脱ぎ、岩の上に置いた。

「溺死、溺水、溺没、溺愛、溺……」

私は、苦痛に溺れて、彼を溺愛し、今から溺死する。何故か、死が怖くなかった。反対に嬉しくて。

ゆっくりと、崖の端まで歩いて行く。先は足場が脆くて、きっと私がずっと居たらガラガラと崩れてしまうだろう。

私は、そこから、頭から落ちて死ぬんだ。

―――聞こえてますか?

「もう、聞こえない」

―――視えてますか?

「みえないよ」

―――あなたは、×××××?

「…………」

ああ、もういやだなあ。ぜんぶぜんぶぜんぶやだいやだ、きらいきらい。なくなってしまえ。みーんな、このせかいからきえさってしまえばいいんだよ。そうしたら、そうすれば、

まだ、私は生きていた。

「だけど、もう遅かった、無理だった」

だから私は絶ってしまうのです。

こつん、と指先で触れただけで転げ落ちてしまった小石。私も、一歩踏み出せば、落ちる。

ほら、

「さようなら」

深淵に連れていって。

その温度に手を伸ばしていた。


ぐらり、


ばたばた、ばさばさ。腰で切り揃えていた髪が、ワンピースの裾が泣いた。やめてよ。

びゅうびゅうと空気を斬る音がうるさい。

もう、何も視えない聞こえない。理由はわかっているよ。全て消えてしまったんだ。明日を見つけ、照らすことも出来ずに。闇を貪っていただけだったの。

「消えればいいのに」

だから、

「ばいばい」

一粒零れた涙は、



めのまえにすいめんがみえたとき、わたしはからだじゅうがいたくて。しんえんへさそわれるように、すべてまっくらになっていって。わたしのいしきは、しゃっとだうん。

彼女は、溺死する。



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いみふめい。

20130703