「あれ?十四郎くん?」
「・・・!」

あの事件から数日。
家に帰るのが遅くなってしまい、外も真っ暗になる頃、土方は見覚えのあるサラリーマンに声をかけられた。

「最近連絡こないから心配してたんだよ」
「・・・ごめん」

土方によく”援助”している40代のサラリーマン。
メールもかなりしつこく嫌気がさしていた。

「どうして連絡くれないの?」

両肩を掴まれ体中に鳥肌が立つ。

「もう・・・当分会えない・・」
「どうして!?」
「ちょっと、色々あって・・・」

数日前、土方は同じ学校の人たちに無理矢理体育館倉庫に連れられ、コンパスの針で腹部に「淫乱」という字を削られた。
商品価値が無くなってしまった体だと思っている土方は、人とセックスすることを拒んだ。

「彼氏でもできたの?」
「違う」
「じゃぁ俺が嫌になった?」
「それも、違う・・・」
「じゃ、じゃぁ分かった!今晩ヤってくれたら20万あげるから」
「・・・・ごめん・・・」
「やっぱり彼氏ができたんだ!!」
「違うってば!」

理由を言いたくなく、曖昧な答え方しか出来ないのが逆に男に誤解を招かせる。

「俺は借金してまで君につくしてるんだよ?」
「そんなこと言われても・・・」
「いいから脱げ!!!」
「なっ・・!」

急に相手の態度が変貌した。
乱暴になった男は外だというのにも関わらず、無理矢理服を脱がそうとさせる。

「やめ・・っ」
「いくらお前についやしたと思っているんだ!」

―ヤバイ見られる―!!

相手は正気を失い、力いっぱい土方を押さえつけているため、土方の力では押しのけることさえ出来ない。
半分諦めかけたその時。

「ちょっとオジサン、何やってんの?」

男の後ろから聞こえた声に二人はその声の主の方を見る。
思っていなかった人物の登場に土方は目を丸くして驚いた。

「銀八、せんせ・・・」
「!」

先生という言葉を聞いて身の危機を感じたのか男はそそくさとその場を去っていった。


「・・・・・・」

男が去っていった後、残された二人に沈黙が流れる。
土方は服を乱されていたが、それを直す余裕も無い。
一体どこから聞かれていたのか、そればかりが気になっていた。
とりあえず助けてくれたのだから、お礼を言おう。そう思い口を開こうとした瞬間、左頬に物凄い衝撃がくる。
銀八に手のひらで叩かれた。という事実を理解するのに時間がかかった。

「・・・っ」

左手で頬を押さえ銀八の顔を見る。すると表情のない冷たい顔で土方を見ていた。

―やっぱ、全部聞かれたのかな

いつかバレることだとは思っていた。けど実際にその時を迎えると辛い。

「いつからこんなことやってたんだ?あのおっさんの口調では結構前からやってるみたいだが」
「・・・・高1の終わりぐらいから」
「どうして・・・」

どうして?
尋ねられた土方はフッと笑った。

「金が必要だからに決まってんじゃん」

そう言った途端銀八は顔をしかめた。

―もうどうでもいい。

嫌われるかもしれない。そんな考えは捨てた。
自分を嫌いにならない方が可笑しいのだ。

「金・・生きていくのには金が必要だろ?」
「・・・だからといってこんなことまでする必要ないだろ」
「これしか方法がないんだ・・・これしか・・・」

唇を噛み締め辛そうにそう呟く土方。
銀八はそれを見て何か深い事情があるのだと悟った。
が、それを聞いていいものなのか。
言葉を探していると、土方の方から先にポツリポツリと話し始めた。

「俺には両親がいない・・。俺が高校入ってすぐ交通事故で死んだ。それからは親戚の家に住むことになった」



『あいつの息子だと思うと吐き気がする』

『あいつらと一緒に死ねばよかったのに』

親戚から浴びせられる罵声。
高校の授業料などは一切払ってはくれなかった。
食べるものもろくに貰えず、寝る場所はいつも玄関や廊下。
一週間もしないうちに土方はその家から姿を消した。
安い家賃で住めるとこを探し、バイトを始めた。
しかしバイト代だけでは家賃や授業料を払っていくのは困難だった。
それでもあの家には帰りたくない。そんな時夜の町を歩いていると一人の男に声をかけられる。

「君、何万払ったら俺のちんこしゃぶってくれる?」

それが始まり。


「―俺はその男に出会ってから沢山の男に声をかけた。すげぇよな、セックスするだけで何万も貰えるんだぜ?最初は痛かったけど、慣れてくると案外いける。命かかってるしな」

土方は銀八に近づくと、シャツを脱ぐ。

「お、おい!ここをどこだと・・・!」

焦る銀八をよそに土方は露になった腹部を見せ付ける。
そこにはまだくっきりと傷跡が残っていた。

「けどそう上手くはいかないもんだ。すぐ生徒にばれてこのざまだ。ははっ、くくくくっ」

肩を揺らし自虐的に笑う。

「鏡でこの傷を見た時は笑ったよ。お似合いだってな。そうさ、俺は淫乱さ。人からお金取りまくってる汚れた人間。屑以下。俺なんか死んだほうがまし―」

言い終わる前に、銀八は土方を強く抱きしめた。
銀八の行動が理解出来ない土方は抱きしめられたまま固まってしまう。

「土方くんは汚くなんかないよ。屑なんかでもない」
「・・・!!」
「お願いだから、自分の体をもっと大切にして。お願い」

ぎゅっと更に強く土方を抱きしめる。
抱きしめてくれるその体が、腕が、優しい声がとても安心させて。

「・・・ごめんなさい・・・・ひっく・・・・ごめんな・・・さい・・・」

流れ出した涙は止まることを知らない。
いつの間にか大きな声で鳴いていた。

「うあああああああ・・・・・あああああああ・・・」

今までの出来事が蘇ってくる。
初めてセックスしたあの日、机に落書きされたあの日、無理矢理犯されたあの日。
本当はとってもとっても怖かった。泣きたかった。けど、それよりも生きるために必死で。
怖い感情を無理矢理押さえつけて、余裕なように見せかけていた。
けれど今、そんな自分を受け止めてくれる人に出会い、我慢していたもの全てが溢れた。
涙が枯れるまで泣き続けたが、銀八はそれまでずっと土方を抱きしめたままだった。








「・・・・・ん・・・・・」

目を開けると天井が見える。
体を起こし辺りを見るが、見たこともない部屋に自分はいるようだ。

「お、起きたかぁ?」

扉から缶ビールを持った銀八が現われた。

「ここは・・・?」
「俺の家。土方くん泣き疲れたのかそのまま寝ちゃってさ。家分からなかったし俺の家に連れてきた」

泣きつかれて寝てしまうなんて赤ちゃんみたいだと土方は顔を真っ赤に染める。

「あ、ありがとうございます・・・」
「いいっていいって」

そう言って銀八は缶ビールを開ける。
ぐびぐびと飲みはーっと息を出すと、何か言いにくそうに「あのさ」と話しかける。

「お金に困ってるんなら俺の家で暮らすか?」
「・・・・・・・・・え?」

思いもしない発言に土方は言葉を失う。

「借りてるとこもうやめてさ、俺の家に住めよ」
「・・・・・・」

嬉しかった。好きな人からそんなことを言われてすぐにでも二つ返事をしたい。
けれど、複雑な心境だった。

「俺は汚れてる人間です。銀八にも迷惑かけたくないし」
「だからっ・・・・自分が汚れてるんだというなら、俺が全部洗い流してやる」
「・・!」

急に視界が暗くなる。唇には暖かい感触。

「だから、俺の家で暮らそう・・・な?」

ニッコリと笑う銀八の笑顔を見た途端、また涙が溢れてくる。
それを微笑みながら手で拭ってあげる銀八。




それが土方と銀八の同居とお付き合いの始まりだった―。



Continue.......



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