彼の歌を聞くのは嫌いじゃなかった。
「また、来ていいかな?」
駄目だと言ってもどうせ聞かない癖に、そうやって懲りずにあいつは聞いてくる。いつも、いつも。試されているのかとも思ったが多分こいつの性格からしてそれはないだろう。第一何を試すというのか。
思わず自分の考えに対して眉間に皺を寄せながら
「……何しに」と聞けば、
「君に会いに」
と即答される。加えて満面の笑顔。俺は眉間に寄せていた皺を一層深め大きく溜め息をついた。
本当に馬鹿な猫だーーでも。少なくとも彼の歌う歌は嫌いじゃない。だからもう何も言わずに奴がこの森に来る事を拒みはしなかった。わざわざ彼用に道まで用意して。いつの間にかそれが当然の事のように思える気がして少しおかしかった。
「……気をつけて帰れ」
立ち去るあいつの背に向けて掛けた精一杯の台詞もまだまだ聞き取れないくらい小さな声だったけれど、彼はまるで聞こえているかのように振り向き様ふわりと笑って、
「じゃあまた」
と優しくゆっくりと囁くような声で俺の耳をくすぐっていった。
俺はただ、またあいつの歌が聞きたいだけだ。それ以外には何もない、きっと。