「――それでもオレは、あいつと同じ時間を生きていたい」
 少しでも長く、と小さくしかし力強く呟いて彼は笑った。


***


 父が彼――ボクの兄であるエドワードを模した姿の機械人形――とボクを残して家を出てからもう3年が過ぎようとしている。父は不完全な彼の状態を何とかしようと様々な地へ飛び回り続けているのだ。
……今回は大分長引いてるなぁ。
1年以内には必ずと言っていいほど此処に帰ってくるのに。
「大丈夫かなぁ……ねぇ兄さん」
答える事等出来ない兄に話し掛けてしまうのはいつもの事でこれはただの気を紛らわせる行為。兄さんが「眠り」についている間の寂しさをどうにかしようとつい話し掛けてしまうのだ。それに彼の寝顔を見ると自然と気持ちが和らぐのも理由の一つである。


 彼、エドワードはボクの世話係でそして兄だ。生まれてから間もなく不慮の事故で亡くなったエドワードを溺愛していた父は何とかしてこの世に繋ぎ止めようと死ぬ間際兄の脳を取り出しそれを使ってさらに機械を組み込んだ人口頭脳を作り上げた。姿を模したといってもこれは父の若かりし頃を参考に彼が勝手に模ったものだったがそれでもボクには紛れも無く兄そのものに見えた。見た目の歳はちょうど18くらいだという。
ボクが物心ついた頃から18歳のままの兄は初めの頃自分との身長差が大きくて頼りになる大人の人という感じを漂わせていたが、今ではボクの方がやや背を追い越すくらいにまで成長し普通兄に対しては不相応だろうがつい可愛いなどと感じ、はては彼を自分が守らなければならないんだと勝手ながらにそう思うようになった。

 生身の脳と機械の相性が悪いのか、それとも父の単なる技術不足なのか兄さんには初めからどうにも出来ない不具合が生じていた。それは今の彼の状態――「眠り」を、定期的に行わなければ全機能が停止してしまう事とその行為に伴いそれまでに記憶された物事が一切消失されてしまうというもので、父はこれをどうにかしようと家を出ているのだ。


 兄さんが「眠り」について丸三日、今日は彼を起こす日である。
「……もうそろそろいいかな」
人一人すっぽり入るカプセルに寝かされた兄を眺めそう呟きながらロックされた箇所を外していく。静かにカプセルの蓋が開き、あちこちにコードが繋がった状態の兄がゆっくりと上体を起こした。
開いた瞼から覗く焦点の合わない双眸を見つめボクはゆっくり彼に話し掛ける。
「“おはよう”、兄さん」
暫くの沈黙の後その言葉に反応を示しカチッと僅かな機械音がするとみるみる生気を漲らせる瞳。その瞳がボクの姿を確認し彼は目を細め笑顔を模る。
「……おはよう、アル」
言いながら有無を言わさず引き寄せられ抱きしめられた。彼が目覚めるこの瞬間がボクは堪らなく好きでその嬉しさを表すかのようにボクも力いっぱい抱き返す。機械を人口皮膚で覆われた彼の身体は勿論温かさも柔らかさも持ち合わせてなどいないがそれでも彼は一人の人間としてボクは認識していた。

 「眠り」から目覚めると記憶が消失されてしまうわけだが、ボク――アルフォンスという人物に対しては特殊な技術によりなんとか消失されないよう対処されている。それは世話係としての役目を担ってあったのとせめて兄弟の記憶だけでも残しておいてやりたいという父の配慮だった。
ボクを記憶したメモリにロックを掛けて消えないようにしてあるのだ。ロック解除の際は“おはよう”。そしてロックを掛ける際には“おやすみ”。
彼を起こしロックを解除する度、もし機能が正しく作動しなくてボクを忘れていたらどうしようと毎回いい知れない不安がよぎるが、兄が目を覚ましボクを抱きしめてくれるこの瞬間安堵のため息を漏らしひそかに胸を撫で下ろすのだ。

「……良かった」
思わず涙が出そうになるのを堪えるのが目覚めの際に行うボクの日課になりつつあった。

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