冒頭のはしょった部分。
体が重い、感覚も大分麻痺してきている。はっきりしない意識の中せめて今の状態を軽く確認しておこうと思ったものの体は地面に倒れたまま起き上がることはおろか顔を動かすのも億劫で、とりあえず右腕を動かしてみようと意識をやったがぴくりともしなかった。これは駄目そうだな、そう思いながら今度は左を動かしてみる。こっちはなんとか無事なようだ。そのままふらふら安定しない左腕をゆっくり動かし右の腕が繋がっているのかどうか触って確かめておいた。もしかしたら動かないのではなく無いのかもしれないという考えが過ったからだ。
幸いなことに腕はちゃんと付いていた、良かった。
「ひどい有り様だな」
「……さっきはすまない、助かった」
気が付くと傍らに小狐丸が立っていた。顔色はうかがえなかったが声から不機嫌であることは明白だ。まぁそうだろう、油断したのもここまでの傷を負ったのも全て自分の失態だ。応戦した小狐丸も俺を庇うように動いたせいか必要以上に傷を負ったのだろう、彼は敵からの攻撃を少しでも受けると普段の落ち着いた態度はどこへやら、あからさまに苛立ちそれを隠さず態度に出すので分かりやすい。その怪我を負う元々の原因が俺なわけだから不機嫌になるのも当然だろうと思う。
「……なに、ぬしさまの命じゃ。おぬしは気にせんでもよい。それにおぬしだけのせいではないからな」
隣に腰を下ろし、そう言いながら小狐丸は止血のための応急処置を黙々と進めた。めい、と言われて主が何度も口にしていた言葉が頭を過る。
――皆無事に帰ってくるように。
「今回ばかりはさすがに無事、……とは言いがたいよなぁ」
今まで少しでも怪我人が出たらどの部隊もすぐに撤退していたおかげで瀕死になるほどの怪我をした者など本当にいなかった。いや、いつだったか第一部隊の五虎退が重傷で帰ってきたことが一度だけあったか。あの日は大変だった。
しかしあれからずいぶん月日も経ち皆経験を積んで強くなっていたんだ、多少の怪我など気にせず少しくらい力任せに進軍しても大丈夫だろう、隊長である小狐丸にそう促した張本人がこれでは流石に目も当てられない。普段隊長補佐をしている燭台切が今回部隊に参加していないため、俺がそれを担う形になったわけだが帰ったら彼に長々と説教をされるんだろうと思うと少々気が重かった。
応急処置をされている間ぼんやりそんなことを考えていた。眠ってしまいそうになる意識を保っていたかったからだ。目を閉じたらそのまま目覚められないかもしれない、ずいぶんと弱気になっていて我ながら不思議だった。人の身を得た今、昔はなかったはずの死への恐怖というものが己にも宿っているのだろうか。死への恐怖――いや、生への未練かもしれない。
思考が堂々巡りをし始めたころ、応急処置をひとまず終えた小狐丸が盛大にため息をつきながら、
「おぬしの姿を見たらぬしさまは卒倒するやもしれぬ……」
そう弱々しく呟き頭を抱えていた。
「俺より主の心配かよ」
「おぬしは殺しても死なん」
「どうだろうな」
「……死んだらただでは済まさぬぞ」
「おーおーこわいこわい」
我が隊の隊長殿は血の気が多くてかなわんなぁ、軽く笑いながらそう茶化したつもりだったが後半からは既に音にはならず喉から風の音が僅かに漏れた。思ったより体への損傷がひどいようだ。
「……じきに皆戻る、あとしばしの辛抱じゃ」
鶴丸、そう名を呼ぶ小狐丸の声はさっきまでと違いずいぶんと穏やかだった。
他者に対して無関心だった小狐丸も時が経てば審神者に感化されたり日常生活でのあれそれから少しずつ情みたいなものがわいたりしたらいいなという妄想。小狐丸に限らず刀剣男士皆に対しての妄想でもあるんですが他の刀より小狐丸は冷めてるイメージが強い。本丸での生活で少しずつ人寄りになっていく(ただしあくまでも寄るだけ)、という萌えがあるのでどうしても男士達を人寄りにしてしまう。
16/05/14