うたた寝から目を覚ましたら目の前に見知った顔があった。一瞬自分が何処にいたのかがわからなくなる程混乱した。
俺がここ、本丸に来たときには既にだいぶ賑やかな状態になっていた。三十人はいるだろうか、教えてもらった刀の中には知った名前もいた。庭で短刀達が遊んでいるのか遠くで人の声がする。今は部隊が出払っていてこれでもいつもよりかは静からしい。
ここの主で審神者と呼ばれる人物は手際よく何処になにがあるかを述べて部屋までの簡単な地図が描いてある紙を俺に寄越してくれた。誰かに案内されるよりこの方が正直ありがたい。
このまま何も応えないのも悪いと思い軽く頭を下げるだけの礼をしたら「今日は一日ゆっくりしなさい」、そう言って彼は笑った。歳老いてはいるが薄く閉じたまぶたの奥に強く鋭い光を帯びた瞳を垣間見て見た目によらずしっかりしていることが知れる。さすがここを管理しているだけはあるか。
俺の部屋は隅の方、人が集まる調理場や広間からだいぶ離れた位置にあった。
ずいぶん気の回るじいさんだな、ここの主に小さく感謝しつつ部屋を見渡す。今はまだ肌寒い季節だが今日は風もあまりなく日が暖かかった。
なんとはなしに部屋の畳をそっと撫でてみる。まだ人間の体の感覚に慣れていないが目に見える物に自分の手で触れられるというのは不思議な感じだ。畳の質感はなんだか心が和む気がした。面白い。そのまま横になってしばらくぼんやり空を眺めていたが気が付いたら完全に寝入ってしまっていた。
――そして目を覚ますと目の前に奴の顔があったのだ。しばらく理解できなくてただ眺める他なかった。
「……なんであんたがここにいる」
上体を起こし、音を立てぬよう静かに座り直してから相手が寝ているのを承知で問うた。当然返事はない。しかし言わずにはおれなかった。
鶴丸国永。
目の前で少し体を丸めて眠る奴の姿を見て相変わらずどこまでも白いな、と昔を思い出していた。
そこに本当に存在しているのかたまに分からなくなるほど国永の気配は希薄で戸惑う。多分この男の線の細さとその身に纏う白装束のせいだろう。こうやって横になって目を閉じているとまるで死人のように白い。
死人、と思わず例えてしまってじわりと悪寒が走った。違う、そうじゃない。何を馬鹿なことを考えているんだ、国永は生きている。
息をしているのを目で確認しているのに一度感じた悪寒は止まずじわじわと心を侵食していった。それを振り払うかのように国永の腕に手を伸ばす。見た目からは温度など感じられそうにない白い肌だが触れると思ったより温かかった。俺の手が冷えているのかもしれない。
血が通っている。
日の光で暖まった畳とはまた違う温かさだった。何故かすぐに手を腕から離すことが出来ず暫くの間そのまま手を添えていた。本当に細い、力を入れたら簡単に折れそうな気がする。
「国永、」
「……ん」
「ッ!」
声がして予想以上に肩が跳ねた。
起きたのだろうか、咄嗟に動くことも出来ず俺はただただ国永の様子を伺った。何故俺は名前を呼んでしまったんだろう。
幸い奴は目を覚ます気配はなく、心底ほっとしながら慎重に立ち上がり俺は部屋をあとにした。自分の部屋から逃げ出すこになるとは思わなかったがあのまま目を覚ました国永と顔を合わせたくなかった。話をする気もないし、そもそも俺にはあいつと話すことなど何もない。
「……タイミングを図っているうちに逃げられてしまったなぁ」
部屋に残された国永がそう呟いていたことなど俺には知る由もなかった。
いつか鶴丸視点も書きたい。
15/04/19