「……なぁ大倶利伽羅、別にどこで寝ようが構やしないがあんまり通路側に出てるといつか踏まれるぞ」
 頭上からやや呆れたような声をかけられ閉じていた瞼をうっすら開けた。
 いつだったか早く目が覚めた日に今と同じように通路側へ身を乗り出し寝転んでみたことがあった。畳とは違い板張りの廊下の冷たさが少し心地好かったのを覚えている。あとあの朝の空気も。
「こんな早い時間にここを通るのはあんたか、鶴丸国永以外はいないだろうから問題ない」
「うん?」
「踏まないだろう」
「……まぁ、そりゃあな」
 納得しつつ小さくため息をつく薬研の姿を見ながらゆっくり身を起こした。たまに薬研がここを通るのを部屋の中から見掛けはしていたがつい最近来ていたばかりだったので今日は大丈夫だろうと油断していた。問題はないがあまりだらしないところを見られるのもよくないので次からは気を付けよう、まだ少しまどろんでいる頭でぼんやりと思う。
「ん? しかしなんだ、俺はともかく鶴丸もこっちに来るのか。あいつは東寄りとはいえ西の棟だろ?」
「あんたと同じ理由だ」
 聞かれた問いに薬研の手元へ視線をやりながらそう答える。手には本が二冊。こちらの棟には奥に大きな書庫があった。誰でも気兼ねなく本を持ち出してよし、借りる際には帳に名を記す、期限は特に決まっていない、という自由なものだ。
「ああ、なるほど」
 揃えられた本がもともと多種多様ではあったが、ここの主を務める審神者が家から持ってきた本もいつの間にか置かれているせいではじめのころより大分種類が増え雑多になっていた。
 書物への関心は皆それぞれあるらしい。ただ、なかなか借りて読んでみるところまでには至らないせいか人通りが増えることはなかった。それでも全く利用者がいないわけではなく自分も利用者の一人だ。文字を読むのは不思議と気が落ち着く。が、こんな朝早くに書庫へ向かうものは滅多にいない。
 国永曰く、朝の散歩も兼ねている、らしい。起きてしまったら二度寝するより体を動かしたいんだそうだ。朝の空気は気持ちがいいからな、という意見にだけは自分も同意した。

「よお、お二人さん。ずいぶん早起きだな」
「はは、噂をすればなんとやらってやつか」
 声がした方へお互い目をやるとちょうど庭から軽やかな足取りでこちらへ歩いてくる国永の姿があった。屋敷内からだと構造上遠回りになるためか、彼は大抵庭を突っ切って書庫へ向かう。
「ちょうどアンタの話をしてたんだ、これから書庫に?」
「ああ」
「俺も今から行くんだが、一緒に――は無理か」
「いやいやちょっと待て」
 言いながら国永がそこで靴を脱いでいるのを俺は眉間にしわを寄せつつ見ていた。忘れていくなよと声をかけると大丈夫だと返事をしながら国永が廊下へ上がる。薬研と書庫へ向かう前、きみは? と尋ねられたが俺はゆるく首を振って断った。はじめから一緒に行く気などなかったがそもそもまだ借りていた本を読み終えていない。書庫へ向かう二人を見送ったあと、せっかくだから今から続きを読んでもいいかと俺は部屋に置いてある本を手に取った。


***


「きみにはずいぶん気を許しているなぁ」
「そうかい?」
「そうさ。あの子はほら、少し難しい性格をしているだろう?」
「たしかにちょいと難儀なとこはあるが、俺からしてみりゃアンタよりよっぽど素直で分かりやすい性格だと思うぜ」
「お、言うねぇ。まぁ否定はしないが」


16/04/08

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