寝る子は育つ。
そんな言葉が頭に浮かんだがそもそも自分達の外郭は成長という概念などはじめから無い。所謂不老というやつだ。しかし人の姿を摸しているだけなのだから不老という表現もあまり適切ではないような気がする。どちらかというとこの敷地内の要所要所にいるあの式神たちと近い存在だろう、しかしあれらは俺達と違い食事をしたり眠ったりなどしないが。
実体を得てからというもの身に起こるすべての事柄においてこうも新鮮で興味深いものだとは思いもしなかったため随分と人間としての生活を楽しんでいる気がする。毎日探さずとも驚きがあちらから勝手にやってくるのだ、楽しくないわけがない。五感が備わっているというのは最初戸惑いはしたものの慣れればどうということはなかった。季節が変わるだけで日々発見することがあるだなんて知らなかった、あのころはただ見た目が変わるだけだったというのに。食事があんなに身に染みることも睡眠が体の疲れを癒してくれることも知らなかった。人の身での生活は実に興味深い。
「……不思議なもんだなぁ」
炬燵で眠る大倶利伽羅を眺めながら改めてそんなことをつらつらと考えていた。外は雪がしんしんと降り続けている。今日は朝からずっとこの調子だ。おかげで炬燵の有り難さを噛み締めながら物思いにふけっているわけだが如何せんこれは厄介だった。とても、眠い。
この屋敷には皆の個人部屋の他にも広間が何部屋かあり、炬燵はその広間にのみ設置されていた。さすがに個室一つ一つに炬燵をというのは少々難があるらしい。冬になると自分の部屋から近い広間に暖を取りに人が集まる。広間には碁盤や将棋盤、ボードゲームやカードゲーム類、追加用の布団、座布団など他にもいろいろと置いてあり広間兼物置みたいなところになっていた。一応、何かを借りていく際には部屋にある帳に名を書くことになっているもののついつい書き忘れてしまう者が多く掃除の度に捜索願いが出されるのも日常茶飯事だった。
何もすることがない日には広間で他の刀達のやり取りを眺めて過ごすのもそれはそれで楽しいものだ。今いるこの広間は屋敷の全体像からすると随分と端に位置する部屋で一番人の行き来が少ない場所だった。
「お? 珍しいなアンタがこっちにいるのは」
あまり人が来ないのもあってかお互い相手の顔を見て少し驚いたあと軽く笑いながら挨拶を交わす。薬研の手元には本が数冊。
「向こうの広間にある碁盤が貸し出し中っぽくってな、こっちの部屋から借りていこうと思ったんだが」
「炬燵に潜り込んだら出られなくなった、と」
「炬燵は罪深い」
神妙な面持ちでそう返すと薬研も炬燵に座り込みながらうんうんと頷いていた。
「部屋もそこまで寒いわけじゃないんだがつい俺もこっちに来ちまうからなぁ。不思議なもんだ」
先ほど自分が呟いたことと同じ呟きを漏らしながら背を丸める薬研を眺めていてふと思う。炬燵自体にも確かに引き寄せられる魅力はあるがそれだけではない気がする。あれか、寒くなると人恋しくなるというやつだろうか。滅多に自分の部屋から出ない大倶利伽羅でさえこの広間にいるのは珍しいと思っていたがそういうものなのだろうか。
人の身での生活は実に興味深い。つくづくそう思いながらうとうとし始めた頭の端でいつ炬燵から出るかを考えていたがいっそ一眠りしてからでもいいか、という気になっていた。
16/01/24