「……国、永」
小さく呟かれた自分の名前から彼の心情を読み取るのは不可能だった。ただ、体を強張らせるもののそれ以上振り払うことも抵抗することもない大倶利伽羅が愛おしくて背中に回していた腕に緩く力を込める。彼の体温はいつも身に染みるように温かくて気がつくとそれに縋るように体が動いていた。
「大倶利伽羅」
俺にとって彼はただの昔馴染みでそれ以上の想いなど持ってはいなかった、と思う。今ではもう断言できるのか怪しかった。
***
まだ再会したばかりの頃は大丈夫だったはずだ。いつからか配属された部隊も違うというのに彼に会いに行く回数が無意識に増え、気が付けばそれとなく彼に触れる回数も増えていた。
人の体を得てから様々な変化があったものだが相手の体に触れ体温を感じられることが殊更心地良かったのがいけない。伸ばした腕を振り払われないことにいい気になって俺はその温もりを求めてしまった。昔と変わらないはずの彼の声も今の俺には優しく撫でるように耳に響いて名を呼ばれるたびに気持ちが高揚した。そばにいるだけで幸せを感じられる日が来るだなんて昔は思いもしなかった。そう、そこまでは良かったんだ。
――それだけで満足できなくなっていたのに気付いたのはいつ頃からだったか。こんな感情が宿っていることに自分ですら信じがたかった。
全て俺のものにしたい、などと。
***
「……なぁ、大倶利伽羅」
今までは子供扱いすることで自分の中に線引きしていたのだと思う。しかしこれ以上はもう無理だ。目を背け続けた己の気持ちに気づいてしまった。
「嫌なら振りほどいてほしい、もう俺にはどうにもできない」
顔を大倶利伽羅の肩口に押し付けながら小さく漏れた声はひどく枯れていた。返事が聞きたいのに聞きたくない。受け入れられるのも拒絶されるのも怖かった。ただ衝動だけは膨れ上がって抑え切れないまま行き場を無くしている。
「きみが欲しくて仕方がないんだ、大倶利伽羅」
苦しくて息をするのもままならない。まるで澱んだ水底の中をさ迷っているようだと思った。