羽を伸ばした星のように


 出陣から帰ってきたあと、いつものように報告書をまとめていたら部屋の近くの縁側に珍しい客人の姿が見えてゆっくり立ち上がった。普段ならまずこんなところにはいないはずの彼――大倶利伽羅に、君がここに来るのは珍しいねと聞くと今日はここが一番涼しいとすぐに返事が返ってくる。その声がいつもより少し柔らかい気がした。
 何かいいことでもあったかな、そう思いながら視線を落とすと大倶利伽羅の手の中に折り紙で作られた鶴が一羽止まっていることに気が付いた。
「……それ、君が?」
「いや」
 聞くと大倶利伽羅は手の中の鶴を眺めてから一言ゆっくりと、
「国永が」
 そう言って鶴を見つめる瞳が緩く細められた。


***


「鶴を折ってくれないか」
 手渡された折り紙の束をふむ、と一瞥したあと鶴丸の方へ視線をやるとまるで夢見る少年のように瞳をキラキラさせていた。
 鶴丸国永は素の感情をそのまま表に出すことをあまりしない、まぁそれは彼だけに限らず他の刀にも言えることなのだが。
 一見人当たりが良さそうに見えるが実際には他者、特に審神者に対して自身との間に一定の距離を取り相手に悟られないようその場に合った表情を作って真意を隠すのが上手い、常々そう思っていた審神者にとってこれは少し意外な面を見れたなと微笑ましい気持ちになった。多少なりとも彼が素直に心の内を見せるとは珍しいこともあるものだ。

「むかし人間の娘がこれを器用に折って鶴や舟や、あーあとはなんだったかな……まぁその様がなかなかに興味深かったのを思い出したんだ」
 相変わらず瞳を輝かせながら鶴丸が言う。
「ただなぁ、あまりに昔のことで折り方までは思い出せなんだ」
 遠征先で見つけたときは折り方云々のことすら頭になく帰ってきていざという段階になってから肝心の折り方を覚えていないことに気が付いたそうだ。審神者にとっても折り紙を折るのはいったい何年、いや何十年振りになるのだろう。昔は趣味で随分難しい折り方の物も色々と作って楽しんでいたがそれらの折り方が載っている本はどこへ仕舞っておいたのか、今度家に戻ったときに探しておくとしようなどと頭の中で考えながら折り紙を手に取った。
「懐かしいのう、――ほれ」
「?」
 一枚、真っ白な折り紙を鶴丸に手渡す。手渡された鶴丸は首を傾げながらもしっかりそれを受け取った。
「折り方を教えるからお前さんも一緒に折ってみなさい」




「どうだ? はじめてにしちゃあ上出来だろう! まさか刀の俺が自分の手で折紙を折れる日が来るとは思わなかった」
 言いながら鶴丸は大倶利伽羅の手の平に自分で作った鶴を乗せた。やや曲がっていた鶴の尾をそっと直しながら大倶利伽羅は視線を鶴丸へ向ける。自分の前ではいつも起伏の少ない大人びた面持ちの彼が今は表情も相まって少し幼く見えた。
「折ってみたかったのか」
「ああ!」
 聞くと勢い良く返事が返ってきた。本当に嬉しいんだろう、聞かずともその表情から気持ちが伺える。

「それはきみが預かっていてくれないか」
 次の遠征から帰ってきたら受け取りに行く、そう続けた鶴丸に何故? と聞く間もなく彼は立ち去ったのだった。


***


 大倶利伽羅から聞いたこの話が二日前の出来事で、彼はその日からずっとこの鶴を大事にしている。
「大倶利伽羅は?」
「なんだ」
「君は折り紙を折らないのかい」
 預かった鶴を肌身離さず大事にしているのなら折り紙自体にも興味があるからではないのだろうか、という素朴な疑問だ。
「いや、俺はいい」
 しかしどうやら折り紙ではなく鶴丸から預かった鶴が特別なだけのようで、鶴を見つめる瞳は穏やかな柔らかい色をしていた。



 褐色の肌に映える白をまとった小さな鶴は今日も一際美しく輝いて竜と共に主の帰りを待っている。

お題配布元:celesta

15/07/13
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