「ずいぶん楽しそうね。何話して……る、の」
 話し掛けて、しまった、と瞬時に思っがもう遅かった。二人のそばに一緒にいた紫色の長い髪がわずかに揺れ、こちらを確認した瞳が少しだけ見開いている。相変わらず無駄に背が高い、なのに何故私は彼に気づかなかったのか。
「……初、音……殿」
 ――ねぇ、なんで。
 なんでいるの。来ないでって言ったのに。会いたくないって意志をあの時しっかり示してやったのに……、
 ……どうして。
「こんにちは、神威君」
 渦巻く気持ちとは裏腹に私はいつもの笑顔で彼に挨拶していた。当たり前になってしまったこの癖に嫌気がさした。もう彼に愛想を振り撒く必要なんてないのに。



 この世に生を受けた時から私はどれだけマスターに尽くせるのか、自分の存在をどう魅せられるか、飽きさせず夢中にできるのか、それだけを考えて生きてきた。
 マスターにとって私が唯一の存在でいないと耐えられない。
 そして私は常に一番でないといけない。
 私はマスターの為に、マスターの為だけの存在に。
 誰かに言われた訳ではなかった、しかしまるではじめからそうプログラムに組み込まれていたかのように頭の奥底にしっかり根付いていたこの考えは、常に私の神経を圧迫していた。
 ――――だから。

「私がいるのに何故あの二人をアンインストールしないんですか、マスター」

 マスターに迎えられた後、いつまで経っても旧型をアンインストールしない事が理解出来ずに随分悩まされた。思わず口走ってしまったあの言葉は今でもずっと心の内側に張り付いている。
 ――人間はとかく最新型を欲する。
 ――買い替えたらその前の型はすぐに用済みになり廃棄。
 人間の「私達」に対する……いや、物に対する心理は軽薄なものだと認識していた。それは平均した一般的な考えだということも。新しいエンジン、そして改良された型である私がいれば旧型なんて必要がないじゃないか。疑いもなくただそう思っていつかは私だけのマスターになるものだと信じていたのに。
「新しければ良い、という訳ではないんだよミク。メイコさんもカイトも私には必要な存在なんだ」
 マスターの言いたい事は今なら何となく理解はできる。出来るけれどやはり心のどこかで納得していない自分が闇の底からずっとこちらを眺めいつまでも問いを投げ続けていた。


 そして、
 その件以来感情を上手くコントロール出来なくなって少しずつ何かが歪んでしまった気がしたが、修正しようとすればするほどその歪みは酷くなる一方だった。

09/06/13
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