賢者様に喚ばれこの世界に来てから魔法使いになったというよくわからない魔法使い。
その力を見たのはあの一度きりだけれど、とても印象に残っていた。
だとしても、今こうしている理由ではないんだろう。なんとなく、そう頭のどこかで感じていた。

「花、飾ってるんですか」

彼女の部屋にはあまり物が無い。
机の上に置かれた花は、すぐに見つけることが出来た。
帰りがけに偶然玄関で出会った西の魔法使いたちが「ガラスドームに入れたら綺麗だ」などと言うものだからそうしただけだ。
花の飾り方など考えてもいなかったし、知らなかった。どうせ見せるだけ見せたらその辺に捨てるつもりだったのだ。

「うん。ミスラがかけてくれた魔法のおかげで綺麗なままだよ」

ありがとうという感謝の言葉を述べながら、彼女は自分の前に淹れたての紅茶を置く。
「紅茶で良い?」という問いに「なんでもいいですよ」と答えたものの、何故かすっかり喉は乾いていた。

「あとなにか欲しいものありますか?」

前の賢者様が喜んだことを一通り今の賢者様にしてみたものの、そんなに喜んでいないことが伝わってきたので彼女にはしていない。
自分で考えようともしたが何も浮かばなかったので、直接聞いてみることにした。それが一番手っ取り早いだろう。

「…ミスラは、どうして私に花を見せようと思ったの?」

「喜ぶと思ったんですよ。実際、喜んでたじゃないですか」

「そうだね。うん。すごい嬉しかった。で、例えば…他の誰かがあの花を見たいと言ったら、見せようとした?」

「他の誰か…?」

少し考えてみるものの、誰の顔も思い浮かばない。
なのでその質問には答えなかった。

「う、う〜ん…勘違いしちゃいそう」

急に眉間に皺を寄せた彼女は、紅茶を一口、口に含んだ。
それは彼女の白くて細い喉元を通る。
細く長い、されど自分のものよりははるかに小さな指がカップを机の上に置く。
一連の流れをじっと見つめていると、彼女の口が開く気配を感じた。

「そういうミスラは何か欲しいものないの?」

オズの命とかは勘弁ね、と冗談交じりに笑う彼女。
いくらなんでもそんな趣味の悪いものはいらないと、こちらも笑みを零した。

「なまえ」

「なに?」

自分と彼女の間に置かれているお菓子を物色していた瞳がこちらを見上げる。
初めは興味があって近付いた。あんな魔法を行使したのだ、自分と同等、もしくはそれ以上かもしれないと何百年ぶりかの強敵に自分の心が揺れたのがわかった。
彼女を石にして食べれば、オズにも勝てるのではないかと思った。
でも、そうではなかった。
彼女は賢者様のためにしか魔法が使えず、それ以外では普通の人間と同じだ。魔法を使えない状態で死んだとして、強い力を持った石になるとは限らない。

「……ミスラ?」

双子が言っていた。賢者様のためにこの世界に現れたなまえという魔法使いは、賢者様がいなくなればこの世界に存在する意味がなくなり、共に消えるかもと。確証も証拠もないが、その可能性は存在すると。
だから賢者様に力を貸せと、彼らが一度自分を説得したことがある。

「大丈夫?ミスラ」

彼女が自分の名を呼ぶのは聞こえている。
目の前にある紅茶に視線を落とすでもなく、彼女をじっと見つめていた。
この気持ちはよくわからない。
朝、彼女への挨拶から始まり、共に朝食を食べ、他愛もない会話をする日々。
それは、なんというか、自分が眠れなくとも構わないという時間だった。
誰にも抱いたことのない感情。誰も教えてはくれなかったもの。
表現する言葉を、知らないのだ。言葉を探してみるが、教えてもらった中には存在しない。
だから、知っている言葉で。わかる言葉で伝えるしかなかった。

「俺はあなたの石が欲しいです、なまえ。死ぬならこの世界で死んでください」

北の国の魔法使いが恋心に気付くまで



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