北の国のミスラ。世界で二番目に強いとされている魔法使い。
この世界に来る前から、賢者様の話で聞いていた男の人(年齢不明)。
どうやら彼(とオーエン)は強い魔法使いと戦いたいようで、厄災の影響から賢者様を守った私を見る度に話しかけてくる。
ただ、私は賢者様のためにしか魔法を使うことが出来ないため、それを理解したオーエンは早々に諦めてくれたというものの…

「おはようございます。今日も会いましたね」

「あ、うん…おはようミスラ」

ミスラは、毎朝私の部屋の前に立っている。
かといって攻撃してくるわけでもなく(前はしてきた)(死にかけた)、少し話しながら朝食を食べに向かうというだけなのだが。

「昨日も眠れなかった?」

「ええ。賢者様に頼もうかと思いましたが、その前にオーエンと殺し合いになりまして」

「あはは…………」

物騒なこともサラリと言うミスラに、笑みを返すことしか出来ない。
前は「何か面白かったですか?」など訊いてきたものだが、ここ最近は笑みを返してくれるようになった。
その笑みはなにかを含んでいるというわけでなく、こちらを馬鹿にしているわけでもなく。
返事の変わりだとでもいうような綺麗な笑顔に、見惚れないといったら嘘になる。

「ミスラの今日の予定は?」

「北の国に行きます」

「…里帰り?」

「なわけないでしょう。あなたが見たいと言っていた花を採ってくるんです。本当は連れて行ったほうが早いんですが、それだと賢者様も連れてこないとですからね」

「え………っと」

予想もしていなかった回答に、私は固まる。
どうやら足も止まったようで、「どうしたんです?」と数歩先にいるミスラがこちらを振り返った。

「ミスラが…私のために、花を?」

そういえば、ホワイトとスノウが極寒の地に咲く綺麗な花の話をしてくれたことがある。
談話室でその話をしていたが、ミスラやオズは話に入って来なかったはずだ。
確かにあのときその花を見てみたいと思いそれを口にしたが、ホワイトたちは魔法が使えないとあの土地ではすぐ死んでしまうと残念そうに言っていたのを覚えている。

「見たくないんですか?」

「い、いや、見たいけど」

「ならいいじゃないですか。早く行きますよ」

ミスラは正面を向いたが、私が隣に来るのを待ってくれているらしい。
思考は未だに固まったままだが、慌てて身体だけを動かしミスラの横に並ぶ。
チラリと顔色を窺ってみても、いつも通りの表情があるだけだ。
こんなにも動揺しているのは自分だけなのだろうか。

「…あ」

「今度はなに?」

朝食を食べ終え、一度部屋に戻ろうとしているときにミスラが唐突に声を出す。
なにか思い出したのだろうか、とそちらを見た。

「さっきの花の件ですが、あなたには言うなと言われていたんでした」

「…誰に?」

「ルチルです。サプライズにしましょうと言っていました」

「はあ…」

そうなんだ、としか言い返すことが出来ない。
同時に、なるほど、と頷いた。

「ルチルがそういう話をしているの、想像付くな」

「そうなんですか?」

「うん。見たがっていた花を贈るのがいいですよ!って笑顔で提案してそうです」

普段の優しそうな笑みを思い出して顔が綻ぶ。
彼は弟に優しく、そしてその優しさを惜しみなく他の人達にも分け与えるのだ。
だからこ今回のこの話も、きっと私を喜ばせようと――そして私を倒したがっているミスラとの仲を取り持とうとしてくれたのだろう。
それにミスラが乗っかるところは想像付かなかったが、でも確かに彼はそういうところがある。どう、とは上手く説明出来ないが。

「花を見せたいと思ったのは俺ですよ」

「え?」

「見せたらあなたが喜んでくれるんじゃないかと思って。嬉しくないんですか?」

ルチルが提案したのはあくまで"サプライズ"の部分だと、ミスラはなんの恥ずかしげも無く口にした。
私が頭の中で先ほどのミスラの言葉を処理出来ないでいると、ミスラが話題を戻す。

「サプライズのくだりのときの記憶、消せます?」

「はい?」

「俺はそういう魔法得意じゃないというかやったことないんで。フィガロに言えば…いや、あの男に頼み事は嫌なので頭殴ってもいいですか?」

「だめだよ!?」


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