「どうぞ〜」
「おじゃましま〜す」
コンビニ袋を下げた仗助さんがそう言って靴を脱いで上がってくるのを待たずに、私は先に玄関を通り抜け部屋へ入り電気をつけた。
特に普段から汚くしているわけではないが、今朝はたまたま早起きをして掃除機をかけておいたので、普段より部屋が片付いていた。
偶然ではあるが、このあまりのタイミングの良さに、私は自分を褒めたてあげたい気持ちでいっぱいだった。
「飲み物どこに置きます?」
後ろから入ってきた仗助さんは手に持った袋を少し持ち上げてそう聞いた。
「あ、とりあえず、最初に飲むものだけ取っちゃってください。残りは冷蔵庫にしまっておきます。」
「うぃーす」
仗助さんが飲み物を取り出したのを確認してから、私は袋を受け取り、スナック菓子と自分の分のお酒を取り出し、それらをローテーブルに置いてから、残りを仕舞う為に冷蔵庫へと向かう。
「適当に座っててください」
そんな声掛けをするほど広い部屋でもないのだが、念のため声をかけてから。
冷蔵庫に買ってきた飲み物を仕舞って戻ると、床に座ってソファーに寄りかかる仗助さんがいた。
1Kの8畳ほどの部屋にはソファーと、ローテーブル。
テレビとベットと飾り棚が一つあるだけで、そこまで狭くは無いはずなのだが仗助さんが一人いるだけで部屋が狭く見えた。
(そうか、普段は私だけだから広いのか…)
そういえば、こっちに来てからこの家に人を呼んだのは初めてかもしれない、と思い出した私は、果たして一番最初に呼ぶ相手が彼でよかったのだろうか、と自分の軽率さに若干呆れながらも、ひとまず彼の横に腰を下ろした。
「じゃあ、とりあえず乾杯でもしましょうか」
そう言って私たちはそれぞれプルタブを開けてから、缶を合わせて、「かんぱーい」と声を揃えた後、飲み物を口にした。
最近ハマり始めたビール。
昔は苦手だったのに、シュワシュワとした炭酸と、苦みが癖になってしまったのだ。
ビールはのど越しだ、なんてCMもあるがまさにその通りで、ビールがノドを通り過ぎていくのを味わっていると、そのあまりのおいしさに無意識に言葉が零れた。
「あー、生き返ったー」
「っ!ゴッホ、ゴホ」
私のつぶやきを聞いた仗助さんが突然咽た。
「だ、だいじょうぶですか!?」
慌ててティッシュを手渡すと、仗助さんはそれで零れたものを拭きながら笑った。
「なんスか!今のおっさんみてーなつぶやき!」
そう言われてしまえば、確かにそれは否定のしようがないおっさんっぽいつぶやきに思えた。
「た、たまたま口からでただけですよ!」
ギャハハ、と声を上げて笑う仗助さんを見て恥ずかしさで顔が熱を持っていくのがわかる。
「仗助さんだって道でひとりごこ言ってたじゃないですか!」
「いやいや、俺はそんなおっさんみてーなことは言ってないっスもん」
ぐうの音も出ない私が恥ずかしさを誤魔化す様にビールを飲むと、仗助さんも笑いながら釣られて飲んだ。
「あー、ウケたウケた。つーか、なまえさんってよく家で酒飲むんスか?」
「んー。こっちに引っ越してからは、家で一人飲むことが増えましたねー。やることないから、とりあえず一人でドラマとか映画見ながら飲んでたりとか。」
平日はぶっちゃけ家と仕事の往復くらいしかしていない。
休みの日はたまにジムに行ったりもするけれど、空いた時間にやる特定の趣味があるわけでもない私は、暇を持て余した結果、ダラダラと家で過ごすくらいしかやることがなくて、ついついお酒を飲む癖がついてしまったのだ。
「へー。じゃあやっぱ酒強いんだ」
「まあ、だんだん強くなったのかも知れないです。仗助さんは?普段何してます?」
「つーかその仗助さん、ってヤツやめません?なんか普段呼ばれねーから違和感あるっつーか・・・」
「そうですか?じゃあ、仗助くん?」
「いや、呼び捨てで全然いいんですけど。てか敬語もいらないっスよ」
「さすがに呼び捨ては・・。と、とりあえず仗助くんって呼ぶね。私もさん付けじゃなくて呼び捨てでいいし、敬語もなくていいからね」
「んーと、じゃあ俺はお言葉に甘えてなまえって呼ぼーかな」
「ふふ、全然いいよ。で、仗助くんは普段何するの?」
「あ、そーだった、そーだった。んーと、俺はっスねー、ダチと遊んでばっかだなー」
「お友達多いの?」
「多いっつーか、なーんかここ半年くらいで増えましたね」
彼の社交的な雰囲気を考慮すれば、友人が多いのは頷けるのだが、ここ半年というのが気になって私はその点について問いかけた。
「いやー、それが、ややこしい話なんだけどよ」
そう前置きして彼が話し始めた内容は確かにややこしかった。
ある日突然自分よりかなり年上の叔父が現れ、会ったことの無かった父に会い、家系内で続くとある問題のせいでいくつかの事件が起き、その元凶に対処。
家計の中で続いている問題というのが、正直よくわからなかったが、とにかく彼はこの半年間、目まぐるしい日々を過ごしてきたのだろう。
その証拠に苦労を語り続ける仗助くんは明らかに飲むペースが速くなっていた。
「まあ、つーワケで、とにかく大変だったってことなんだけどよー」
「そうなんだ…。なんかすごいね、こんな風に言うと軽く思われちゃうかもしれないけど、仗助くんの人生って、ドラマみたいだね」
「ドラマ…。複雑って言われたことはよくあるけどよォ、ドラマなんて言われたことなかったぜ。なんかいいな、その言い方!」
そう言って目を輝かせた彼を見てうれしくなると同時に、少しだけ寂しくなる。
「いいな、それに比べて私なんて、何もないわ」
「ドラマみてーなことが?」
「そう」
中流家庭で育って、大学を卒業して、就職して。
本当に多くの人たちと同じような平均的な人生を歩んできたのだ。
そしてきっと、このまま事件らしい事件もないまま、今の状態が今後も続いていくだと思うと、それはとても悲しいことのように感じた。
「ふーん。まあ、ドラマっぽい人生がいいのかっつーのは俺にはよくわかんねーけどよ、」
そう言って仗助君は、30cmほど空いていた距離を埋めるように私の横へずれてきた。
肩と肩が触れ合いそうな距離に来た彼の顔を見るために少しだけ顔を上にあげる。
「今日の出来事も十分ドラマっぽくねーっスか?」
そう言って彼はしたり顔で笑った。
あ、これはそういう流れだ、と本能的に思い、いろいろな言い訳を考えようと試みたけど、アルコールの回った私には言い訳が思いつかなかったので、まあいいかな、なんて既に4本目のビールを持ちながら思ってしまう。
仗助くんはそんな私の気持ちを見透かしたかのように、私の顔に自分の顔を近づけてそっと唇にキスをした。
「な?なんかドラマっぽくねー?」
「…うん、すっごくドラマっぽい」
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