Drink up




「チャオ、なまえ。元気だった?」

突然背中越しに聞こえた声に驚いて、私は口に含んでいたカフェラテを吹き出しそうになるのをなんとか堪えてから、声の主に文句を言いたくて勢いよく振り向いた。

「っ!ジョルノ!あなた一体何をしていたの!無断で学校を休むだ、な、んて…、?」

だが、いざ振り返って溜まりに溜まった文句を捲したてるように話している途中で、背中越しにはわからなかった彼の違和感に気づいてしまった私の言葉は、だんだんと勢いを無くし、しまいには言葉尻がほとんど聞こえないほどの音量になった。

「え、アナタ、ジョルノ、よね?」

思わず出た疑問は、あまりにも間抜けだった。

「ええ、もちろん。僕がほかの人間に見える?」

「あ、いや、」

彼は間違いなくジョルノだ。
小さいころからずっと一緒に過ごしてきた、汐華初流乃。私の大事な友達。

でも、何かが違う。
知っているはずなのに、彼は全然知らない人間に見える。

「ジョルノ、なんで休んでたの?」

私は至極真っ当な疑問を彼にぶつけた。
彼はその答えを準備していたように、きれいに笑って言った。

「ちょっと、家庭の事情で」

家庭の事情なんて、小さいころからずっと一緒で家も近所で、ジョルノがそんな理由でわざわざ家に帰る訳なんてないって知っている私が、その説明で納得する訳ないと知っているはずなのに、ジョルノはそれ以上の質問は受け付けないとでもいう様に笑って、見えない壁を私に作った。

「連絡もせずに休んでごめん。まあ、それはいいとして、ね、なまえのことだからノートもちゃんと取ってるだろ?写させてくれないかい?」

「‥。いいわよ」

ジョルノが何も言わないなら友人として聞かないべきだと思った。
だから私は何も言わずにただ彼に宿題を見せた。

でも、私はこの判断を後々後悔することになる。
そしてその後悔に気づいたときにはもう遅かった。

張り詰めた空気も、鋭くなった目の奥も、有無を言わせない笑顔も、私は知らない。
彼は気付かない間に私の知らないジョルノになっていったのだ。
あの休暇を機に、彼はもう私の友人ではなくなってしまった。

でも私は、彼に何も聞かなかった。
彼が私の知らない人間になってしまっても、私には止める権利も戻す権利も無かったから。

そして彼との距離が開いたまま私たちはハイスクールを卒業して、彼が卒業後どうするのかなんて知らないまま私は大人になった。

今の私にとって、ジョルノはすでに他人だった。
昔そんな友人もいたな、程度の。



「チャオ、なまえ。元気だった?」

だから、ある日突然目の前に彼が現れた事には心底驚かされた。
長い期間会っていなかったというのに、彼は学生時代の朝の挨拶のようなフランクさで声を掛けてきたのだ。

「‥ジョルノ、」

絞り出すように彼の名前を呼んだ私に対して、彼は昔よりも色気の増した顔で綺麗に笑った。

「久しぶり」

黒塗りの高そうなベントレーに寄りかかるスーツ姿の彼はどう見ても住む世界の違う人間だった。

「久しぶりね、ハイスクールの卒業以来かしら、」

「そうだね。まあ、立ち話もなんだし良かったら食事でもどう?」

有無を言わせない何かがあった。
最も、それがなかったとしても、明らかに私を待っていたであろう彼に、今日は都合が悪いと言えるわけもなく、私は彼の誘いを了承して誘導されるがまま車の中に入る。

扉が閉まってゆっくりと車が走り出す。
私は、高い車はエンジン音が静かなんだよ、と誰かが言ってた事をぼんやり思い出していた。

彼は何も言わずほほ笑んで私を見つめた。
私は笑わずに彼を見つめ返した。

「率直に、なぜ今日僕があなたに会いに来たかを言おう」

「ええ、」

いい話でないことはわかっていた。

「なまえ、君には記憶を無くしてもらう。僕に関する記憶を全て」

「…どういうこと」

「詳しくは言えない。ただ、君を守るにはこれしかないんだ。だから何を言われても実行する。ごめん」

急に現れて何様だ、と思ったし、守られる筋合いなんてないと言い返してやりたかった。
でも、言えなかった。
ごめんと言ったジョルノが辛そうだったから。

「…そう。どうやるか知らないけど、私に害がない方法でお願いね」

「…まさか二つ返事だなんて。何も聞かないで納得するとは思ってなかった」

「だって詳しくは言わないんでしょ」

「だとしても、」

「いいの。ジョルノの事信用してるから」

私がそう言うと彼は大きく目を見開いた。

「…何年も会っていないのに?」

人間の本質なんてそう簡単に消えない。

「ええ。アナタはもう私の仲の良かった友達のジョルノではない。それは確かよ。でも、ジョルノはジョルノじゃない。私の知ってるジョルノでは無くなったとしても、信用してるわ」

本当は嫌だった。
今は面影も残っていない黒髪姿の彼も、弱虫で引っ込み思案で泣き虫だった彼も、優しかった彼も、忘れたくはなかった。
でも、きっと、友人だった私が今の彼にしてあげられることはそれしかないんだろう。

それに私も忘れたかった。
友人だったはずの彼が突然いなくなったあの日を。

「ねえ、なまえ、もう君は僕を忘れるから、最後に言わせて」

「なに?」

「…僕はずっとなまえが好きだった」

「…私も、ずっと好きだったわよ、ジョルノ」

彼は私の言葉に何を思ったのか。
少しだけ瞳を揺らしてから、私の頬に手を添えて優しく口づけた。

「ねえ、ジョルノ、」

「なに?」

「私があなたを忘れるなら、あなたも私を忘れてね」

私がこれから忘れていく大事な思い出たちを、あなたに独り占めなんかさせてやらない。

「ええ、」

彼はそう、笑ってウソをついた。



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