08




ブチャラティに告白され受け入れた時、なまえは年下のギャングと付き合う事に対して、ある程度自分の生活に起こる変化を覚悟をしていた。
生きる世界の違う2人が、共に歩む為には変化は必然だと思ったからだ。
たが、結果としてその覚悟は無駄に終わった。

何故なら、付き合うと決めた頃には、既にブチャラティという存在が彼女の生活スタイルに当たり前のように組み込まれていたので、変化する必要が無かったのだ。

即ち、今回の告白は2人にとって関係を進展させるというよりかは、言葉で現状関係を明確化させただけに過ぎなかった事を、彼女は付き合ってからようやく気付いた。

その事実を知ったとき、なまえは思った。
こんな事なら早く付き合ってしまえば良かったと。
既に恋人と変わらないなら、クヨクヨと悩み続けた挙句、風呂で溺れて助けられるなどという恥ずかしい思いをせずに済んだのだから。

色々と悩んだ時間のすべてが無駄であったとは言わない。
だが、あの事件さえ無ければ、仕事中に9pヒールで頑張り続けた自分の足を労わる為のバスタイムが、ブチャラティが家にいる時以外禁止などという、子供並み扱いはされなかったハズだ。

そう思い返し、なまえは過去の自分を少し恨んでシャワーの中でため息を漏らしながら軽く足を揉んだ。

だがお風呂の一件以外は関係を明確化させた行為は、なまえにとっていい変化をもたらした。
それは年下の男をタラし込んでいる、という無意識の罪悪感から解放させれた事だ。

それまではブチャラティとの年齢差に対して多少の引け目を感じていた彼女だったが、交際を認めたことで罪悪感が薄れたのか、2人で過ごす時間を以前にも増して幸福に感じられるようになったのだ。

ちなみに、2人の関係で変わった事を上げるとすれば、部屋に彼の私物が置かれるようになった事と、彼がちゃんと合い鍵を使い玄関から入ってくるようになった事くらいだ。

最近では、増えてきた彼の私物をしまう為に、専用の家具まで新調しようかと考えるほどだ。

近く、彼が帰って来たら家具について相談しようか。

そう考えながらなまえはシャワーを終え、ラフなTシャツワンピに着替えると、頭を拭きながら廊下を歩いてリビングへ続く扉を開けた。
するとそこにはいつの間に来たのか、ブチャラティ がソファで当たり前のように本を読んでいる姿があった。

「あら、お帰りなさい」

「ただいま」

彼はそう言って彼女に目を向けて笑ってから、もう一度視線を本に戻した。
それはあまりにも自然な行動だった。
これが日常的な事だということは言われなくてもわかる。

そんな彼の態度に対して、なまえは彼が居たなら湯舟に浸かればよかったな、と思った。
だが、敢えてそれを言うことなく、彼女はキッチンへ向かうと冷蔵庫にある冷えたミネラルウォーターを取り出して口をつけた。

「ああ、そうだ。なぁなまえ、今度の日曜は空いているかい?」

なまえがその体制のままキッチンから歩いて、ダイニングテーブルへ差し掛かった時、彼は突然そう問いかけてきた。

「…え?空いてると思うけど…」

唐突な質問に彼女は驚きながら、ボトルから口を離し返事を返す。

「そうか。それじゃあ、ドライブにでも行かないか」

「…ドライブ」

たしかにここ最近は気候も温暖で、気持ちが良さそうだ。
そう思い、ブチャラティへYESの返事を返そうと思ってから彼女はある事に気づく。

(…そういえば、私、ブチャラティと一緒に出掛けた事ないわ…)

出掛ける事が嫌なわけでは無かった。
ただ、特に出掛ける用事がなかったのだ。
だから、誘われるまでなまえはそのことに気付いていなかった。
だが、気づいてしまったら、何か初々しい緊張のようなモノがサーっと体を駆け抜けて、彼女の頬は熱を持った。

気恥ずかしくなって、なまえはダイニングテーブルに水を置くと、意味もないとわかっていながら、自身の頬を冷やす様に手をパタパタと扇ぐように動かした。

なまえのそんな行動を見てブチャラティは首を傾げた。

「…ドライブは嫌いだったか?」

「あー、違うのよ。ただ、その、ね。初デートだなと思ったらちょっと恥ずかしくなって…」

風呂上がりの体温の高さも相まって、どんどんと顔の方に熱が集まる。
デートを恥ずかしがるよりも、もっと先の段階まで進んでいるというのに、焦ったからとは言えなんと馬鹿げたことを彼に伝えてしまっているのか。
それが分かって、更に恥ずかしさが増す。

ブチャラティはそんな様子を見て、手に持っていた本をパタン、と閉じるとソファから立ち上がりなまえの前に立って言った。

「なぁ、あまり可愛い事を言ってくれるなよ」

そして甘い声を出し、なまえの顔を覗き込むように屈もうとする。
彼女はそんな彼から顔を隠すように俯いた。

「っ、やだ、ホントに見ないで、今、私真っ赤なのよ、」

「ったく、俺が言った意味を理解していないのか?…なまえ、これは君のせいだからな」

そう言ってブチャラティは頭上から先ほどよりも甘い声で囁くと、なまえの濡れた髪も御構い無しに後頭部から顎のフェイスラインを両手で包み、そのまま彼女の顔を持ち上げて、貪る様に唇に噛み付いた。

「んん、っ」

キスされると思っていなかったなまえは唸った。
角度を変えながら何度も何度も噛み付くブチャラティ。
そんな彼を止めるように、彼女は顔を包む手に、手を重ねて、剥がすように力を加えるが、彼はやめる気がないとでも言うように、更に口内での動きを激しく加速した。

水音が耳について、ゾクゾクと興奮させられていく自分の単純さが、なまえはひどく恥ずかしかった。

そして彼はしばらくの間なまえの唇を弄び、ようやく唇を離したかと思うと、今度は彼女の身体を軽く持ち上げて、後ろにあるダイニングテーブルへ座らせ、もう一度キスをしようと顔を近づけた。

「ちょ、ちょっとまって、」

なまえは彼を制止するために慌てて両手をクロスし唇を隠す。
その際、先程テーブルに置いたペットボトルが手にあたり床に落ちた。

落ちたペットボトルを見て、なまえはキャップをしていて良かった、と見当違いなことを思う。
だが、そのことで蕩けた思考が少し平常に戻った彼女は、ぐっと近づいてくる彼の顔をクロスした手の平で押し返して声を上げる。

「せめて、ベッドに行きましょう、ね?」

「、すまない、」

ブチャラティはそう言って困ったように笑うと、自分の顔を押し返してくるなまえの手首を掴んで、顔から離すように左右に開き、その手をテーブルに押さえつけるように後ろに押して、彼女の身体をゆっくりと押し倒して覆いかぶさった。

「ベットまでガマン出来そうにもない」

「っ、」

ブチャラティはこういう時、本当にずるいとなまえは思った。
普段は使いもしない年下の特権というやつを全面に押し出してくるのだ。
可愛い彼氏に、そんな切羽詰まった顔で求められて、なまえが断れるわけがないと分かっていてわざとそういう顔をするのだ。

(甘える人を見つけろ、とは言ったけど)

こういう事じゃあなかったんだけどな、と思いながら結局なまえは抵抗を止めて、彼の口づけをただ受け止めるのだった。

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