LOVE THE WORD 08




その日なまえは珍しく1人でバールに飲みに来ていた。
珍しく、というのはなまえは自身のスタンドの性質上、わざわざお金を払ってまでアルコールを飲む必要がビジネス以外ではない為だ。

だが、そんな彼女でも今日は家で一人きりでは飲みたくなかった。
誰とも知らない人間に囲まれて、ぼんやりと酒を煽りたい気分だったのだ。

そんな気分にさせられた原因は、言うまでもなく突然起こった上司兼セフレからの告白に他ならない。
彼女はリゾットとの出会いから今日の告白までの思い出を、走馬灯のように頭に思い浮かべながら自身の気持ちを改めて考えたかったのだ。

(リゾットの事が嫌いなわけじゃあないのよ・・・)

彼には世話になっているし、上司として尊敬する場面も感謝する場面もたくさんあった。
今のなまえがあるのも、リゾットと出会ったからと言って過言ではない。
彼と出会わなければ、間違いなく彼女の人生は今とは大きく異なっていただろう。

暗殺者という公にできない職業だし、この仕事に対しチームメンバーのようにこだわりも誇りがある訳でもないが、この仕事が自分には合っているとなまえは思っている。
だからこの世界に連れてきてくれたリゾットに対しては、特別な感情を多少なりし持っている自覚はある。
たが、それを加味しても尚、彼に対する感情への結論は恋人には出来ないというモノだ。

(やっぱり心のどこかで父を殺した相手だと思ってしまっているのかしら)

確かに2人の出会い方は良い物とは言い難かった。
奪った者と奪われた者。
だが、家族を大切にするイタリア人には珍しく、なまえには家系に対する誇りも家族に対する無償の愛も、一度として芽生えたことがなかったので、彼が自分から奪ったモノに対した思い入れはなかったように考える。

(結局、リゾットと付き合えないと思った理由も、好き嫌いじゃなく他人に興味を感じない、私の性格が原因かしら)

最近ずっと同じ事ばかり悩んでいる気がしてなまえは心底うんざりとした。
亡くなった友人たちの言葉はここまで彼女を悩ませるほど、重たかったと日に日に自覚させられていくのは、まるで真綿で首を絞められているようだった。
答えの出ない問いを考える事に疲れたなまえは、持っていたグラスの中身をすべて飲み干すと、バーテンダーに新しい酒を注文した。

「ウォッカをロックで。そこにライムも絞ってね」

「ッ、ハハ、」

彼女のオーダーにバーテンが頷いた横で見知らぬ男が耐え切れない、とでも言うように笑った。

「…なにか?」

「いや、突然笑ってすまない。君があまりにも見た目と反する酒を頼んだんで、驚いたんだ。こういう店ではだいたいの女性はカクテルかワインを飲むイメージがあったんでね。随分かっこいい酒を飲むんだな、と思って」

一席空けてなまえの横に座るその男は、大きく胸元の空いた白いスーツが印象的な、綺麗な顔立ちをした男だった。

「あら、そうなの。ごめんなさいね、私、だいたいの女性とは一味違うみたい」

「ああ、悪い意味に取らないでくれ。かっこいい、はあくまで誉め言葉のつもりだったんだ。だが、そうだな、初対面の女性に言うべきではなかったかもな。マスター。悪いがその酒は俺からってことにしてくれるかい?よかったら貰ってくれるかい。せめてものお詫びだ」

男はスマートにバーテンダーへそう伝えると、優美な手つきで自分の持っているグラスに口を付けた。

なるほどこれはナンパの手段だったのか。
こういう店に仕事で来ている時は、それこそカクテルばかり頼んでいたので、なまえはバカにされたと思い込んで、彼の言動をナンパだとは思わなかった。

確かにかっこいい男ではあるが、なまえは今日一人で飲みたい気分だったので、めんどくさい気持ちを包み隠すこともせずに正直に言葉で伝えた。

「…悪いけど今日はナンパとかそういうの求めてないの、だから口説いてくれてたらごめんなさい、お断りさせて。というか恋愛自体、今は避けたいくらいなのよ」

「ハハ、随分はっきり言うね。なぜ?フラれた?」

「残念、違うわ。これから上司をフる予定でね、プライベートとビジネス両方に影響がありそうだから、恋愛なんて気分にならないだけ」

「なるほど。それは気まずいな。一人酒もしたくなる」

「でしょう。だからほっておいてくれる?」

「そうか。突然話しかけてすまなかった。君は魅力的だとは思うが、ナンパ目的で声を掛けた訳じゃあないんだ。純粋に君の注文が面白くてね、つい反応してしまっただけなんだ」

そう言って男は申し訳なさそうに目尻を下げて笑った。

(なるほど、嘘では無さそうね)

彼の顔はウソをついている様子はない。

「…まあ、なんと言うか。俺も仕事で悩みがあってね。ただ飲みたい気分なんで、ナンパするほど元気ではないよ。安心してくれ」

どことなく陰りを見せた彼の表情を見て、勘違いをして一方的に突っぱねてしまった自分の無礼さに、なまえは申し訳ない気持ちが募った。
男に何と謝るべきかと悩んでいると、タイミングよくバーテンダーが先ほど注文した酒をなまえの手元へと置いた。

「ごめんなさい。私、勘違いしてなんだか恥ずかしいわ。」

「ハハ、気にするなよ。知らない男に酒を奢られたんだ、そう思って当然さ。俺が君を口説こうとしていたのを断られて、カッコつける為に嘘ついた可能性だってゼロじゃあないんだぜ」

そう言って男は艶っぽく笑った。

「あら、それは無いわよ。だってアナタの目はウソをついてないもの」

「…君は、面白い人だな」

顔立ちが良く、スタイルも良く、その上包容力まであるなんて、自分で断っておいて何だが、自分は結構大きい獲物を逃がしたのかもしれないな、とぼんやり思いながら、なまえはお酒の入ったグラスを横の席へずらすと、立ち上がって彼の隣の席へと座り直し、自分のグラスを彼のグラスに軽く合わせた。

合わさったグラスの高い音を聞いて、男は笑った。

「結局ナンパになってしまったな」

「いいえ。これはナンパじゃあないわよ。だって、ナンパは相手を口説くことでしょう。私たちは仕事の愚痴を吐き出す為に話しているんだから、ナンパにはカウントされないと思うわ」

「そうか、なるほどな。君の言う通りだ。これはナンパというにはあまりにも色気ないな」

男はそう言ってなまえに同意した。
こんな言い訳まで考えて、この男と話すなんて。
これではまるで自分が彼を口説いているみたいだな、となまえは笑った。

「アナタ、名前は?」

「ブローノだ。君は?」

「そう、よろしくね、ブローノ。私はなまえよ」

「では、改めて、乾杯だ、なまえ」

ブローノの声を合図に、2人のグラスはもう一度高い音を鳴らす。
それが今夜の2人のスタート合図だった。


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