LOVE THE WORD 03


その日なまえは朝から最悪だった。
朝、お気に入りのカーディガンをひかっけてホツれさせたかと思えば、昼には物を取ろうとして誤って指をぶつけたせいで手入れしたばかりのネイルが剥がれた。
それに加えて夜は、わざわざ遠方まで足を延ばして殺しに来たターゲットが好みどころか、視界にもいれたくないほど嫌いな人種だった。

「はあ、、」

そんな数々の嫌な思い出が蘇ってしまい、なまえは盛り上がる週末のクラブでマルガリータを片手についついため息を漏らした。

だが、落ち込みながらも彼女は仕事を忘れない。
耳に悪そうな音量の音楽と激しく点滅するストロボと響く振動の中で、なまえは人込みに見え隠れするターゲットを観察し続ける。

大量に身に着けた金色のアクセサリーに、ボッテガヴェネタのセカンドバック。サングラスにわざとらしい髭まで生やして、柄の悪いトップスと先のとがった靴を合わせた彼は、いかにも成り上がりの悪を気取った勘違い男です、とレッテルを貼っているようにしかなまえには思えない。
あんな男に仕事とは言えこれから声を掛けなくてはならないのか、そう考えるだけで彼女は憂鬱な気分に落ちていく。

そもそも彼女の数々の不運は今朝からの話ではなく、先週から始まった。
事の発端は、彼女の所属するチームで会議が終わった後、リーダーのリゾットとキスをしたことを合図にソファーで久しぶりの情事に更けようとした時だ。

リゾットとなまえはお互いの身体を知り尽くしていると言えるほどには身体を重ねた経験があり、相性が良い事は既に実証済み。
だからこそなんの構えもなくソファーに倒れ込めた訳だがその日の相性は違った。
行為に及ぶ前にリゾットと話していたせいか、亡くなった友人の言葉を思い出してしまったなまえは、いつもならば感度の良い身体が全く反応しなくなり、結局行為を中断する羽目になったのだ。

それは彼女にとって初めての経験だった。
そして、ただでさえショックだというのに、追い討ちをかけるように濡れなかった自分を慰める為のリゾットの嘘か本当かも分からない、「そんな日もあるさ」が更に彼女を落ち込ませる。
あのなんとも言えない気まずさと、怒りが、ずっと胸の奥でモヤモヤとなまえを悩ませ続けるのだ。
そのことが尾を引いているのか、なんなのか。それからというもの、彼女には何一つ良い事がなかった。

(さっさと終わらせよ、)

ダメな時期というものは何をしても上手くいかないものだ。
彼女は深いため息をついてから、そう諦めの気持ちを処理して、ターゲットの元へ向かおうと残ったマルガリータをぐっと飲みほし、グラスを置いた。
その時だった。

「なぁ、おねーさん、俺と遊ばねえ?」

「!」

なまえの前に突然男が現れた。
ニット帽にへそ出しトップス。目立つ服装と、彫の深い顔立ちに丸い瞳。そして極め付けは自信ありげなニヒルな表情。一目見ただけでも彼がなまえのタイプであることは間違いなかった。

(ああ、やっぱり私ツイテない)

彼女は彼を見て自分の不運を心底恨んだ。
好みの男の誘いを断って、自分はあの勘違い男を口説かなければならないのだから。

だが、彼女はプロだ。
プライベートよりもまずは職務を遂行する。
なまえ残念な気持ちを微塵も見せず、余裕たっぷりといった表情で笑って言った。

「ごめんなさいね、今日はアナタとは遊べそうにないの」

「なーんだ、先約ありか。そりゃ残念。結構タイプだったんだけどな〜」

「ふふ、ありがと。またどこかでね。チャオ」

「おう、次は遊ぼーな」

なまえはそう言いながら片手をひらりと振る。
そのつれない態度にさっさと見切りをつけたのだろう。さすがモテそうな男は諦めも早い。彼は振られた事など気にもせずにほほ笑んで、片手をひらりと振り返すと、別の女の子へ声でも掛けに行ったのだろう。人でごった返すフロアの中に消えていく。
その姿をなまえ残念そうに見送ってから、気持ちを切り替えて、しっとりとした歩き方でそっとターゲットへと近づき声を掛けた。

「ハーイ、ねえ、よかったら一緒にいい?」

「…もちろん」

声を掛けられた男は、なまえの方へ目をやると上から下まで嘗め回す様に目で犯してから、にやりと笑って返事を返す。
その仕草もいかにも勘違い男のやりそうなことだと、なまえは嫌悪すら通り越し笑い出してしまいそうになるのをぐっと堪えて微笑み続ける。

「ありがとう」

「お好きなモノをどうぞ、セニョリータ」

「そうね、じゃあマルガリータを」

オーダーを聞いたバーテンダーが準備を始めるのを横目になまえはわざとらしくたっぷりの間を持たせ、一番艶っぽい表情を浮かべて名乗る。

「なまえよ」

「ヴァレリオだ」

ヴァレリオと名乗った彼は、組織への献上金をピンハネして富を得て、それがボスにバレた事すら気付かないまま私に殺される、馬鹿な男だ。

私の仕事は、ターゲットを”自然な事故死”に見せかけて殺すこと。
それは、私のそこそこの容姿と、スタンドである〈カクテル〉があってこそ成り立つ。
私のスタンド〈カクテル〉はありとあらゆる水分をアルコールに変える能力。
それはグラスの中身だろうと、プールであろうと、体内であろうと関係ない。
そしてアルコールの種類や度数は私の意志で調整出来る。100パーセントのエタノールでも、5パーセントのビールでもどちらにだって気持ち一つで変えられる。
発動条件は、液体の入った物体に触れること、ただそれだけだ。

「あら、飲み物が来たみたいよ。乾杯しましょう?」

そういって私はごく自然に彼の肩へ手を置く。
こうして乾杯してからごく自然に立ち去って、相手の血中アルコール濃度を少しずつ上げていき、アル中で殺害するのがいつもの私の手段だ。

(馬鹿な男)

人はいつか死ぬ。
そして、欲をかいた人間はロクな死に方をしない。
それは、今まで殺した多くの人間や、この男や、亡き友人ソルベとジェラートに学ばされた。

(じゃあ私はどう死ぬ?)

欲もなくただ人を殺し続ける私はまともな死に方などできるわけがないとわかっていながら、何処かで平穏を求めているのだろう。

欲望が溢れるこの場所で、私はただ自分の不運と欲と幸せと、この男の死についてだけを考え続けていた。

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