A word


「よお、ビッチ」

「あらごきげんよう。色男」

お気に入りのBARでマティーニを楽しんでいる私に、後から店を訪れたプロシュートが話しかけてくる。

「金曜の夜に1人酒とは、寂しい女だ」

「あら。1人で現れた貴方にそんな事言われるなんて思っても見なかったわ。ちなみに言うけど、私はデート中よ」

「そうか。あまりにも背中に哀愁が漂っていたんで男に逃げられたのかと勘違いしちまった、悪かったな」

そう悪びれる様子もなく彼は謝りながら私のデート相手が座る席とは反対の席に当たり前のように腰掛けた。
プロシュートはいい男だ。暗がりのバーでも彼の整った容姿が離れた席の女たちの目を引くくらいには。
彼が入ってきた瞬間から後ろのテーブルに座っている複数の女が色めき立つ声が聞こえて、私は最低の気分になった。

「で?今日のデート相手は?」

彼はそんな女のことなど構うつもりはないようだ。
私のデート相手が戻ってこないのをいいことに話しを続ける

「知らない。さっきディナーしただけだから。そうね、知り合って3時間ってところよ。知ってるのはフェラーリに乗ってることくらいね」

「ハッ、どうせしょうもねー男なんだろ」

「さあ、ベットに入らないで男を判断することはしない主義なの。ちなみに今日の男の判断はこれから」

お互いに顔を向けることもなく、正面を向いてバーカウンターの奥に張られた鏡を越しに会話を続ける。
鏡の前に並んだボトルが邪魔をして、プロシュートの整った顔はわからないが、ニヒルに口角を上げているのだけは見えた。

「やあ、なまえ。待たせてすまない」

「いいのよ、全然待ってないわ」

話しているとお手洗いから戻って来た今日のデート相手が私に話しかけた。
私はそれに気づいて、プロシュートに背を向けるように身体を捻らせて、デート相手に身体を向けるとニコリと笑いかける。

ちなみに彼は微塵も気づいていないようだけど、私は本当に全然待ってなかった。
ちょっとリッチそうだし、見た目も悪くないから誘いに乗ってみたけれど、やっぱり全然楽しくない。
それもそのはずだ。私はこの男になんて興味ない。
ただプロシュートにデートを見せつけたくてこの店に男を連れて来たかっただけなのだから。

「…ねえ、なまえ、この後どうする?」

しょうもない話を笑顔で聞き流していると、調子に乗った男はカウンターに置かれた私の手に自分の手を重ねて甘く囁いた。
私はそんな男の手を軽く握ってわざとらしい上目遣いで言う。

「ふふ、こんな所で女に言わせるの?…お会計して?私はちょっとお手洗いに行ってくるから」

別にこの男を釣る気なんてさらさらないけど、私がわざとらしくやれば誰かさんは釣られるだろう。
私はデート相手に怪しく微笑んで彼の耳元でリップ音を響かせてから席を立ち、暗がりのトイレに向かうと個室の前にある手洗い場でポーチから取り出したDiorの999の口紅を塗り直す。

「で?どこまで俺を焦らすつもりだ?」

「あら、なんの話?」

予想通り釣られたプロシュートが、すぐに私の後ろに現れて鏡越しに問いかけてくる。
私はそんな彼を焦らす様に口紅を塗った唇を上下ですり合わせてから、ペーパータオルを唇に挟んで口紅を馴染ませ、ゆっくりと鏡に背を向けプロシュートへ向き合う。

「どいて?人を待たせているの」

「どうせ俺じゃなきゃ満足できないんだ、無駄な体力は使うもんじゃねえ」

そう言ってプロシュートは私に近づいて顔を見下ろし、たっぷりと見つめてから、紅を塗ったばかりの唇に噛みついた。
私は抵抗もせずに体を支えるために洗面台に両手をついて彼のキスをただ受け止めた。
何度も噛みつかれた私の唇は、先程塗り直した意味が全くなくなるほど、色が滲んではみ出してしまっているだろう。
どのくらいキスをしていたのだろう。30秒かもしれないし、10分かもしれない。時間間隔が無くなるほど彼とのキスは濃厚だった。
濃厚なキスの証拠に、離れていった彼の唇には暗がりでもわかるほど私の真っ赤な口紅が移っている。

「これでわかったろ?」

「何言ってるの、最初から知ってるわ。プロシュート、私、貴方じゃなきゃ満足なんて出来ないわ」

「じゃあ行くな。俺以外の男を見るんじゃねえ」

「そう言うなら、貴方があの言葉を言って」

「…」

「言えないならいいわ、」

「ッ、待てよ、」

通り過ぎようとする私の手首を掴んでプロシュートが引き留める。
私は彼にたった一言言って欲しいだけなのに。
その一言さえあれば彼から離れないというのに。
今日もまた、彼はギャングの世界で”愛してる”って言葉はなんて言うのか、私に教えてくれる気はないようだ。


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