04





「それじゃあ、ちょっと服を脱いでくれるかしら?」

「…は?」

食事を終えてからブチャラティがリビングで食後のコーヒーを味わっていると、唐突になまえがそう言った。

「ええ、包帯とガーゼを変えなくちゃいけないでしょう?」

「…なるほど。突然で何のことかと思ってしまった。そうだな、説明してもわからないだろうからあえて言わなかったんだが、実はもう傷口は塞いであるんだ。だから手当ては不要さ」

「え?何言ってるの?そんなわけないじゃあないの。だって貴方すごいケガだったのよ」

なまえが手当てをしたとき彼の傷は確かに悲惨なものだった。
それがたったの1日で治るわけがない。彼女は困惑した顔でブチャラティを見る。

「まあ、口で言っても伝わらないだろう。よければ見てみるかい?」

「…ええ」

彼女の返事を聞いてブチャラティはバスローブをずらして怪我をしていた箇所を彼女へ見せる。

「うそ、なにこれ、どうなっているの?ジッパーだわ。貴方の体にジッパーがついているわ、」

「だから言ったろう説明したとしてもわからないと」

「これも手品なの?貴方、昔私の靴もそうしたように、自分の体にもジッパーを?」

「ああ、まあそんなところだ。驚いたかな?」

ブチャラティは何かがおかしいと彼女は気づいただろう。
彼が思うに、彼女は多少抜けてはいるが、頭は悪くない。
気づいた彼女はブチャラティに驚愕し、恐怖するはずだ。
彼女のような、一般人であればこんなこと想像していないはずなのだから、それは当然といえる。

1日とはいえ、親身になってくれた彼女の事を思うと少し寂しい気持ちもあるが、彼女のことを考えればこの時間がどんなに楽しかろうと、明日でこの関係を終わらせるべきだ。
そう言った意味では、むしろ恐怖し追い出された方が都合が良いとブチャラティは思った。だからこそ彼女に自身の傷を見せたのかもしれない。

だが、彼女の反応は彼の期待を大いに裏切った。

「ああ、よかった!どうやったのかなんて分からないけれど、とにかく貴方の傷は塞がったのね?昨日の夜凄く血が出ていて、熱もあったから心配で、ああ、本当によかった!」

彼女はそう言ってブチャラティに抱きついたのだ。

震える肩と小さな嗚咽から、顔を見なくてもなまえが涙を流している事がわかりブチャラティは困惑した。
なぜ赤の他人のために、無意味な労働をして涙を流せるのか彼には理解ができなかったのだ。
幼くしてギャングに入団したあの日から、無償の善意というものを受けたことがない彼は、なまえの優しさは想像もできないことだった。

「なぁ、なんで君は俺を助けた?」

「っ、それは怪我をしていたからに決まっているでしょう?」

「それが他のどんな男でも君はそうしたのかい?」

「…そうね、救護はしたでしょうけど、家には連れて来ないかしら」

「ではなぜ?なぜ俺を連れてきた?」

自分よりも大きな青年に見下ろされて質問されているはずなのに、なまえはまるで足元に縋り付かれているような気持ちになった。

彼がいくつからギャングにいるかなんてなまえにはわからないし、なぜそのような道を選んだのか想像もつかない。
だがたった18歳の男の子が裏社会で生きてきたのはきっと容易な事ではないはずだ。
裏切って裏切られて、悪意の渦巻く世界のなかでいろいろな経験をして、耐えて、この世の中はそういうものだと思ったのだろう。

別に彼の人生を変えることなど出来はしないとはわかっていた。
だが、優しさには優しさが返ってくることがあるのだと、善意は巡り巡るのだと、彼に伝えてあげたかった。

「ねえ、ブチャラティ。私を最初に助けてくれたのは貴方なのよ。貴方が私を助けてくれたから、私は貴方を助けたの。人に優しくされたら、自分も同じように優しくする方が心が豊かになると、私はそう思う。今回の出来事は、貴方の行いが巡りめぐって貴方に返ってきた、ただそれだけのことなのよ。だから私は優しい善意溢れる人間ではないの。貴方の優しさのおかげで私は優しくなれたのよ」

「…君は、マジにそう考えているんだろうな。俺の世界では、そういうのはバカのすることだと思っていたよ。だからなぜ君がここまで俺なんかに親身になるのか理解ができない。だが、どうやら、君のような考えの人間もこの世の中にはいるようだ。俺はずっと君のような人間はおとぎ話の中だけかと思っていたんだぜ」

「おとぎ話なんかではないわ。世の中いい人ばかりではないし、返ってこないこともたくさんある。でも、すぐに返ってこなくても、いつか何かに繋がるわ。自分のやってきたことはいつか自分へ返ってくるものだから。それに、貴方まだ18歳なのよ、甘えられるときは甘えた方がいいわ」

「…例えばそれは、君にかい?」

「え?まあ、そうね。私でも構わないけれど…」

「なるほどね。そうだな、じゃあひとつ、甘えさせて欲しいのだが構わないかい?」

「?別にいいけど、なにかしら?私に出来ること?」

「ああ、君にしか出来ないよ」

そう言うとブチャラティはなまえの頬を両手で包み込み、彼女の顔を自身の顔の方へ向けさせると、そのまま屈んでゆっくりと唇を重ねた。

「っ、」

口づけに驚いてなまえはブチャラティの胸元を押すが、彼の厚い胸板はびくともせず、口づけを止めるつもりは更々ない事が伝わってくる。
それどころか、驚いて固く閉じた彼女の唇を開こうと舌まで這わせる始末だ。
抵抗のため、なまえは必死に唇に力を入れる。
だが、そんな彼女の意思を彼は尊重するつもりはないらしい。
力を抜かせるため、頬を包んでいた両手を少しずらして耳から首の付け根にかけてを愛撫した。

そのぞわぞわとした感覚に思わずなまえは唇の力を緩めた。もちろん、その瞬間ブチャラティは見逃さない。
素早く舌を滑り込ませると、なまえの逃げる舌を追いかけるように口内を弄び始める。

「んっ、ふぅ、んんん、ゃ、」

ジュルジュルとはしたない音が響く。
激しいキスになまえの頭の中は溶けてしまいそうだった。
酸素の足りない頭でいくら考えても、抵抗する方法は思い付かないし、それどころか彼の愛撫を受け入れたいと思い始める。

自分は10歳近く年下の男の子となぜキスをしているんだろう。
その考えが過らなかったわけではないが、彼女は抵抗をやめてブチャラティの首に手を回してしまうのだった。


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