ブチャラティがゆっくりと意識を浮上させると、視界には見知らぬ光景が広がっていた。
(どこだここは)
彼がそう思うのも無理はなかった。
なぜなら彼が最後に覚えているのは、敵対している奴に重症を負わされ、隠れようとしたが体力が尽きてしまい道に座り込んだところまでだったのだ。
ブチャラティは周囲を見渡す。おそらく女性の部屋であることはインテリアから想像出来たが、残念ながら自分を助けそうな女性など、ブチャラティには心当たりがなかった。
「あら、起きたのね。ご気分は?」
ごそごそとした音に気が付いたのか、たまたまかわからなかったが、エプロンを身に着けた女が廊下から顔をだした。
ブチャラティはその女の顔に見覚えがあるような気はしたが、すぐに思い出せはしなかった。
ということは彼女は自分とは関わりがないか、あっても忘れてしまうような程度の女ということだと言えた。
(ただのお人よしか、それとも、)
正体のわからない相手に対し、ブチャラティは警戒した。
彼の生きている世界ではそれが当たり前であったからだ。
だが、彼女はそんなことに気にするそぶりもなく、スタスタとブチャラティを寝かせているベットに近づくと、当たり前のように彼の額に手を添えた。
「!?」
「熱は少し下がったのかしら…。よくわからないわね。まあいいわ。とりあえず食欲はあるかしら?パスティーナを作ったのだけど、それなら食べれる?」
よくわからないが、彼女は自分を介抱するつもりでいるらしい。
何故そんなことをするのか、彼には理解も出来なかった。
「すまない、道で倒れていた俺を介抱してくれたのかい?」
「ええ。ブチャラティ、あなたはうちのすぐ側で倒れていたのよ。本当は救急車を呼びたかったのだけれど、あなたが呼ばないでと言ったから、あなたを私の部屋まで運んだのよ」
「ちょっと待ってくれ、君は俺を知っているのかい…?」
「あなたは覚えていないだろうけど、あなた以前私を助けてくれたことがあるのよ。だから私は知っているわ。…そうね、私あなたに自己紹介していなかったわ。私、なまえよ。なまえ・みょうじと言うの」
「そうか、覚えていなくてすまない。なまえ、助けてくれたことは感謝する。だが、俺のような男を匿ってもロクなことになりはしないさ。申し訳ないが、 パスティーナ は結構だ。もうここを出ていくのでな」
そう言って彼はあちこち痛む体にムチを打って起き上がる。
だが、そんな彼に慌てたように彼女は言った。
「ごめんなさい!ちょっと待って!あなたの服じゃないのよ!今着ている服は!」
「…なに?」
彼女に言われブチャラティは自身の身体に視線を落とす。
捲り上げた掛布団の下にある自分の身体はどう見てもサイズの合っていないバスローブが着せられていて、ブチャラティは目を見開いた。
「ごめんなさい!こんなに早く目を覚ますと思わなくて、今染み抜きをしていたのよ。でも、あなたに着せられるようなサイズの服を私は持っていなくて、取りあえず一番マシだと思ってそのバスローブを着せてしまったの」
そう言って彼女は申し訳なさそうな顔をする。
「…いや、謝らないでくれ。普通に考えればあの汚れた服のまま寝かせられないだろう。気を遣わせてしまったようだ。それに手当もしてくれたのか」
「ええ、ただ、あまり詳しいわけではないから、消毒してガーゼと包帯を巻いただけよ。申し訳ないけど、すぐに専門的な人に診てもらった方がいいと思うわ」
「いや、この程度の傷なら大丈夫だ。だが、スーツが濡れているのであれば、それが乾く間休ませてもらえるとありがたい」
「ええ、急いで洗濯をかけるわ。ただ、白かったので染み抜きをしてから洗濯機で洗ってしまうつもりだから生地が傷んでしまうかもしれないわ。まあ、もうあちらこちら切れているし、ずっと着る訳じゃないだろうし、問題ないかしら?」
「ああ、大丈夫だ。何から何まですまない」
「構わないわ。そのつもりもないのに家に連れ帰ったりしないから」
「そうか。ありがとう」
「待っている間にパスティーナ、食べる?」
「そうだな、せっかくだ。頂こう」
そう言うと彼女はにこりと笑って、持ってくるわと言うと部屋を出た。
そんな彼女の背を見守りながら、ブチャラティは物好きな女だ、と思うのだった。
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