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(XOXOの続き風)


「なまえってよ、」

「うん?」

「なーんかやわらけえんだよなぁ」

「…なにそれ、デブって言いたいの?」

「ちげーよ!ただなんつーか、こう、女の子って感じの手触りだって言いたかっただけなんだよー」

「ふーん」

行為を終えたベッドで私の胸を揉みながらミスタはそんなくだらない事を言った。

当たり前のようにベッドで二人、微睡んでいるが私とミスタは恋人ではない。
お互いに持て余した性欲を発散しあう、簡単に言えばそんな仲だ。
こういう関係に落ち着いたのは何年か前。
彼は最初の頃に一度、はっきりしない関係を辞めて正式に付き合いたいと言われたこともあったが、私はそれを望まなかった。
その答えに最初ミスタは渋ったが、結局は私の気持ちを汲んでくれて今の関係に甘んじてくれている。

誤解のないように言えば、ミスタの事は好きだ。
一緒にいるのは楽しいし、体の相性だって悪くない。
話も面白いし、顔だってかっこよく、鍛えられた身体はちょうど良いバランスだ。きっとモテるんだろう。
でも、なぜか彼氏には出来ない、と私は思っていた。
なんというか、理由があるわけではないのだが、彼とは簡単な関係である方が私には楽なように思えたのだ。

「そう言や、こないだ食ったパニーニが最高だったんだぜ。今度なまえも行ってみろよ」

「へー、どこにあるの?」

「ほら、大通りから曲がった所の角にパン屋があるだろ?そこの斜向かいにある、緑の店だ」

「んー、なんとなくわかったような、」

「行きゃわかると思うぜ?なんてったって角を曲がってすぐイイ匂いがするからな」

「そうね、今度行ってみるわ」

私と彼はこの部屋以外で会ったことがない。
最初の出会いこそ近所のバールなのでこの部屋ではなかったが、出会った日に家へ来て以来、ミスタと外で会う約束をしたことがないだけだ。
ただ彼が来たい時間に勝手に家に来る、それだけだ。

「んー。やっぱ落ち着くな、なまえの部屋ってよ」

「そう。それはよかった」

「俺の癒しはなまえ、お前だー」

「はいはい」

そう言って彼は甘えるように私の首筋に顔をうずめて、ギュッと強く抱きしめた。
私は別に抵抗もせず、されるがまま身を委ねる。
彼はそうしてしばらく私を抱きしめていたが、満足したのかふっと力を抜いて夢の中へ旅立ったようだ。後ろから柔らかな寝息が聞こえてきた。
そんな彼の寝息をしばらく聞いていたからか、私にも眠気がやってきたので、それに逆らわずゆっくりと目を閉じた。

…どのくらい経ったのか。
目を開けると暗かった部屋は朝を迎えようとしていて、うっすらと白んだ空がカーテンの隙間から顔を出し、私の後ろにあった体温はもう無くなっていた。

帰るなら起こせばいいのに、と毎度思うが、彼が気遣って起こさないのか、起こしても私が起きなかったのかはわからない。

一人だけになり少し広くなった空間で、私は伸びをしながらけだるい身体を起こしてベッドから出ると、あくびを噛み殺しながらキッチンへ行きコーヒーメーカーを起動した。
この残ってしまった眠気をさっさと消してしまいたかったのだ。

(そういえば・・)

ふと思う、私はミスタと朝を迎えてから一緒にコーヒーを飲んだことがない、と。
私が先に起きて仕事に行く時はミスタが寝ているし、彼が先に起きて出ていく時は私が寝ている。
そこそこ長い付き合いで、体の隅々まで知っているというのに、彼がコーヒーに砂糖を入れるか入れないかすら、私は知らなかった。

その事実に気づいてしまい、寂しさは感じた。少しだけ。
でも、その程度の関係なんだろうな、と思っていたから驚くほどではなかった。
だが、そこから更に考えてみたら、私は彼の何も知らないことに気づいた。

(おかしいな、)

先ほど驚かなかった心の余裕は無くなって、なぜかチクリと心臓が痛んだ。

彼がどこから来て、どこに行くのか。
家に入れている男の情報を何一つわからない事が悔しくて胸が痛んだのだと思った。
そうして、なぜか無性にミスタの声が聞きたくなって、私はベット脇で充電していた携帯を手に取ると何かに追われるようにミスタの電話番号をプッシュする。

ーーPululululu

なかなか繋がらない電話にモヤモヤしていてようやく気が付く、彼はもしかして仕事中なのではないかと。
そんなことにすら考えも及ばないほど自分が早急にミスタと連絡を取ろうとしていたことに、内心驚いた。
これではまるで、彼に依存しているみたいではないか。
その考えが頭に浮かんだ瞬間、自分の頬がカアっと熱帯びるのを感じる。

(うそ、まさか…)

いつからかわからなかったが、もしかして私は彼が好きなのでは。
そう気づいたときだった。

「あー、なまえ?どうかしたか?」

タイミングが良いのか悪いのか、ミスタが通話ボタンを押して回線がつながる。

「っ、ええと、その、」

「ん?なんだ?なんかあったのか?」

「あー、いえ、気にしないで。ただ、今日ランチでもどうかなと思って」

「…は?…いや、嬉しいぜ。嬉しいんだけどよ、なまえがそんなこと言ってきたの初めてだろ…?…おい。もしかして、あれか?俺に何か悪いニュースでも伝えようとしてるんじゃあねえだろうな…?」

「違うわ。ただ、…そうね。何て言えばいいのかよくわからないのだけれど、端的に言うとね、あなたの言ってたパニーニが食べたいし、ミスタ、あなたがコーヒーに砂糖を入れるかどうか知りたくなっただけなのよ」

「はあ?なんだそれ?」

そう言って困惑したミスタの声を聴きながら私はクスクス笑った。
いつからかなんて分からないし、なぜ今日気づいたのかも分からないが、どうやら私はいつの間にか彼を求めて、愛してしまっていたみたいだ。
気付いてしまったら今まで何も感じなかったなんでもないことすら、なぜか愛しく思えた。
ランチの時に愛していると伝えてみようか。そしたら彼はどんな顔して驚くのか、電話越しに聞こえるミスタの驚いた顔を想像して、私は胸を高鳴らせた。




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