暑い。

否、



熱いんだわ。


梅雨が明け、本格的に夏に入ったようだ。
いや、正確にはまだ梅雨は明けていないのだけれど。
真夏と違うのは、空が晴れているのか、陰っているのか。そして、単に「暑い」のではなく、現在の気温は「蒸し暑い」の方が正しいだろう。
6月の雨が地面を濡らしている。
道を歩いていると、土の匂いがした。
私はこの匂いが嫌いではなかった。だけど、この暑さとは不釣り合いな気がして、ほんのちょっとだけど変な感じがする。

もわもわするなぁ…。

きっとこれは暑さのせいだって…
そう思いたいけれど。


「………暑。」

そんな言葉をぼそりと呟くと、さらに暑くなってきた気がした。

ぼんやりとした頭で、私は彼と彼女のことを考えながら、家までの道程をいつもより重い足取りで歩く。

彼は…、

強くて、かっこよくて、でもどこか子供っぽくて、いつもは感じないけど、時折年相当の顔を見せる。

…そんなところがまた好き、だったりして。

羞恥で顔が赤くなる。

私、彼のことそんなに……。

でも、彼を思い浮かべると、必ず彼の隣りには彼女も一緒に浮かんでくる。
いつの間にか隣りに居ることが当たり前になってきて、いつの間にかお互いを名前で呼ぶようになって…
彼の隣りに当たり前のように違和感なく並ぶ彼女が羨ましかった。彼女になりたいって幾度となく思った。嫉妬もした。今だって…
私、嫉妬してる。

「……はあぁ。………私の馬鹿。」

「馬鹿?貴様、喧嘩を売っているのか?」

ぽつりと呟けば、前方から声を掛けられた。
下げていた視線を戻せば、そこに立っているのは「彼女」だった。

「ヒルダさん…!って、ち、違うの!馬鹿は私!私が馬鹿なの!」

あー…
何言ってるんだろ私!

自分でもとんちんかんなわけ分からないことを言ってるって分かってるから、余計に恥ずかしくなる。

「ぷっ……。ははっ…貴様はおかしな事を言うのだな。…うむ、少し貴様に対する見方が変わった。」

初めて、初めてだった。
彼女にこんな笑顔を向けられたのは。
きっとこれが彼女の素なのだ。
瞬間的に思った。

しかし、そう思ったのは束の間。細くて綺麗な彼女の手が私の頬に触れる。

思わずどきりとした。


「やはり、な。貴様、熱があるぞ。………少し待っていろ。」


そう言うと彼女は自動販売機に硬貨を入れ、ピ、と点滅したボタンをためらいなく押した。そして、落ちて来たそれを拾い上げると、また躊躇することなく、私の頬にそれをあてた。

「ひゃっ…」

それはすごく冷たくて、思わずびくっとした。けど、

「気持ちいい……。」

そんな私をみて安心したのか、ヒルダさんは、ふぅ、と息をつくと、やがてやわらかくほほ笑んだ。


「まだ6月とはいえ、暑いからな。…今日は体育とやらがあったそうではないか。おそらく熱中症だろう。水分補給は怠るなよ。」

「……はい。あり、がと。」

どうしてだろう。
ヒルダさんが私に凄く優しい。
彼を迎えに行くからかな。

彼女の手には愛用のピンクの傘が1本握られているだけだ。
きっと一緒に入るのだろう。




あ。

私また嫉妬してる。

悔しいな……。


「?どうした?」

「うっ、ううん!なんでもないの!えっと…急ぐから…さようなら!飲み物ありがとうございました!」

彼女に背を向け走り出す。

「葵!」

「!!」

「雨が上がっている。」

見上げると、空の陰りは変わらずとも、滴は落ちて来ない。
傘を畳む。

ぺこりと頭を下げて、また走り出す。



名前を呼ばれた。
ただそれだけのことなのに、なんだか恥ずかしかった。
反面、嬉しかった。


ふと、ヒルダさんに渡された缶を見る。それはどうやらお茶だったようだ。緑色の缶には……。

「『あおい』……。」


ねぇ、ヒルダさん。
私たちは仲良しでも友達でもないけど……、

もう一度空を見上げる。


「ヒル、ダ。……うーん、やっぱりちょっと恥ずかしいかも。」


いつの間にか陰りは消えている6月の薄青い空だけが、私たちのそれを確かに見守ってた気がした。



わたし彼女

わたしにとってあなたは特別。
わたしと彼女は特別なお友達。




* * * * *


友情、かな?
ふたりは張り合ってても、ちゃんとお互いを認めあってたらいいなぁ。




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