「おい。」
「…?なんだよ。」
振り向いた男は凶悪で最凶の魔王の親…のはずだが、普段家で見せる奴の表情は、そんなかけらも感じられない。
…のうてんき。
「貴様、馬鹿みたいな顔をしていないで、ぼっちゃまと散歩してこい。」
「馬鹿みたいって…喧嘩売ってんのか?」
「いいから、」
ぐいっとぼっちゃまのおもちゃを奴の胸に押し当てれば、反射的なのか、素直に受け取った。
「貴様、ぼっちゃまと離れるとどうなるか忘れたわけではあるまいな。……ぼっちゃまがぐずりだしたら、これであやしてさしあげろ。」
「………わぁったよ。ただし、」
「?」
なぜだ?
あんなに怪訝そうな顔をしていたのに、今…奴のその瞳は意地が悪く、………それでいて愉快そうに見える。
「お前も着いて来ること。」
「む?…なぜ私も?」
「お前、侍女悪魔でベル坊の母親代わりだろうが。」
そう言われれば何も返せないのを知っているくせに。
「…分かった。………ぼっちゃま、ヒルダもご一緒させて頂けること、とても嬉しく思います。」
「だ!」
「って意外にノリノリじゃねーか!」
***
そんなことで3人で散歩することになり、ゆるやかな時を過ごした。
こんな時間も嫌いじゃないと思える私は、人間界に来てから随分と変わったと思う。
ある程度歩いたところで、私たちは川岸の草原に腰掛けた。
夕日でオレンジに染まった川が反射し、その眩しさに思わず目を細めた。
隣りには男鹿。
その腕の中には我が主君が抱かれている。
「…坊っちゃま?…………………気持ち良く寝ておられる。」
そっと緑色の頭を撫でた。
「………なぁ、」
「む?」
「お前、古市と散歩したことあんの?」
「?ないが?…この前も言ったではないか。」
「じゃあ、俺だけってことか。」
その言葉と共に距離が詰められた。
こてん、と奴の頭が私の肩に乗せられる。
「…なんだ。重いではないか。……………?……」
肩口に目をやれば、瞳を閉じ、穏やかな寝息をたてている男鹿。
「………寝ているのか。」
本当に不思議なことだ。
こんな時間も嫌じゃないと思う。
* * * * *
「〜成長記録〜」
の後のお話です。
古市と散歩したことあるのか〜
のくだりはそちらをご参照下さい。