「授業を始める。28ページを開け。」

淡々と落ち着いた声が静かな教室に響く。
彼女の授業のときは、五月蠅いクラスの女子たち、騒ぎ立てる男子たちも、おとなしく授業を受けるのだ。
なぜなら、彼女の緑の目がそういったことを有無を言わさずさせないからだ。
それでも、俺、男鹿辰巳は居眠りという危険を冒しているわけなのだが。
理由がないわけではない。
現に俺は寝ていない。
寝たふりをしているだけだ。

さらりと、彼女の金髪がなびくのが、顔を伏せた隙間から見えた。

「おい、起きろ。」

「………………ん?」

「貴様、なぜ私の授業だけ寝るのだ。……まぁ、いい。放課後補習だからな。」

「ヒルダちゃん怒ってる?」

「さあな。放課後分かるであろう。」


恐ろしい予感がする。
だけど、同時に嬉しい。
そもそものねらいがこれだったのだから。


***


「うげっ…」

「どうした男鹿。早く解け。」

渡された問題は男鹿が解くには非常に難しかった。

「ヒルダさんヒルダさん。難しすぎて解けません。寝てもいいですか。」

「貴様は………。さっきも寝たであろう。なぜこうも寝たがるのだ。そんなに私が嫌いか。」

「いやいやヒルダさん、俺が嫌いなのは勉強で、ヒルダさんのことは大好きだから。…………あ。」

「………ほう。」

意地悪く緑の瞳が細められる。

「だから…、その、………っ……勉強は嫌いでも…補習は嫌いじゃねぇんだよ。」

どうしてふたりでいられるこの時間を嫌いになれるものか。
今もこんなにドキドキしているのに。

恥ずかしさから男鹿はヒルダから目を逸らした。


「……仕方のない奴だ…。今回は特別に、それを解いたら褒美をやる。ちゃんと今日の分の遅れを取り戻すのだぞ。」

「えっ!いいの!?……ヒルダちゃん!!」

「ふふ……。」




***


「どうした。いらないのか?」

「……ヒルダちゃぁ〜ん。」

ヒルダから貰った『ご褒美』は甘くて、ちょっと苦かった。 

だけど……今は子供扱いされても、それでも彼女といられるのなら、いいと思った。
悔しいけど。




もしも彼女先生だったら。

(ぜってー惚れさせてやる…)



* * * * *


ご褒美は飴です。





×