「熱はいつもよりは高いわね…。少し様子を見ましょう。氷麗ちゃん、あそこのベッドで横になって?眠っても大丈夫よ。」

「はい…。ありがとうございます。」

ぺこりと若菜に頭を下げ、氷麗はベッドに入った。
カーテンを閉めるとさらに狭い空間にひとりでいる気がして、少しだけ落ち着いた。

だって…

誰にも…

竜二先輩には絶対に知られたくない。

こんな醜い感情…。




* * *


キーンコーンカーンコーン…

5時限目の授業の終了を知らせるチャイムが鳴った。

あ…

私、寝ちゃってたんだ…。


「失礼します。」

え。

この声は…!!

カーテン越しに聞こえた声は今一番会いたくない人のものだった。

でも…

私がいるなんて分からないわよね…

氷麗はほっと一息ついた。

あ、でも…
先輩…どうして保健室に…?

具合…悪いのかな…?

氷麗が悶々と考えたのも束の間、無情にもカーテンが開けられて、その先には悩みの種である竜二が心配そうな顔で立っていた。

「大丈夫か…?」

「先輩…。えっと、熱がちょっとあるみたいです…。」

しどろもどろになりながら氷麗は視線をさまよわせる。それを見て竜二の瞳が細められる。

「……どれ…?」

こつん。

竜二の顔がどんどん氷麗に近付いてきて、おでこをくっつけられる。

氷麗は目を見開いた。

とりあえず、これは検温しているだけだと自分に言い聞かせ、これでまた熱が上がってしまったのではないか、という懸念を必死に打ち消そうとした。

「…確かに…少しあるな…。5時限目はいいこにして寝てたか?」

ふわり、竜二の手が氷麗の頭に伸びてきて、まるで幼子をあやすように、そのまま優しく撫でられる。

その優しい仕草、眼差しにときめかずにはいられない。

高鳴る鼓動を止められず、言葉を発したら震えてしまいそうだったため、氷麗はただ、こくり、とだけ頷いた。

そして、赤い顔を隠すように俯いた。

「先輩…どうして保健室に?」

「あぁ…。教室に行ったらお前がいなくて、お前の友達に聞いたら、体調を崩して保健室にいると聞いてな…。ここに来る途中奴良先生とすれ違って、ベッドで寝てるとも。」

「あ、先輩が具合悪いわけじゃないんですね…!よかったぁ…。心配してくださってすみません、ありがとうございます…。」

「…及川。」

「は……い」

「昼休みに俺、廊下で呼んだんだけど…気付いた?」

ぎくり、

氷麗の肩が揺れる。

「あ…ごめんなさい…。私ぼーっとしてて…気がつきませんでした…。」

「そうか。それなら仕方ないな。」

いつもと同じ王子様スマイルを浮かべる竜二に氷麗はほっと安堵の表情を作る。

よかった…

なんとか誤魔化せたみたい…。




あ…

あれ…?


「先輩…?」

それも束の間、竜二により氷麗の両手首は拘束される。

「あ…あの…」

「…嘘をはいかんぞ?」

「う…嘘じゃありません…!」

「…ふぅん。…じゃあ俺の目を見ろ。」

竜二の明るい茶色の吸い込まれるような瞳にじっと真っ直ぐに見つめられて、このままじゃ本当にバレてしまうのではないかと、焦った氷麗は竜二から視線をそらした。

「い…いやです…。だって本当に気がつかなかっ……いっ!?」

突然、竜二の氷麗の手首を握る力が強くなる。

氷麗は目を丸くして竜二を見つめた。

「嘘つき。お前は俺に嘘をつくな。…お前は俺に騙されていればいい。」


どういう…こと……?


竜二は、氷麗の両手首をきつく拘束したまま、起き上がっていた氷麗をそのままベッドに押し倒した。


「や…やめてください…"花開院先輩"…!」

「花開院…先輩?」

"花開院先輩"

その単語に竜二がぴくりと反応する。

「竜二と呼べと言ったはずだが…?」

「ご、ごめんなさ…」



『花開院くーんっ』
『花開院先輩っ』
『花開院くんっ』



氷麗の頭の中をぐるぐる回る単語。

つい、うっかりしてその単語が出てしまった。


私ってこんなに嫉妬深い女だったんだ…。

氷麗は慌てて両手で口元を押えた。

そうしている間に竜二は氷麗の顔にゆっくり近付いてきて、その距離を縮める。


「きゃ………」


私…

どうなっちゃうのぉお〜!?


氷麗と目と鼻の先ほど近付いた竜二はじらすように唇寸前で止まり、いつもの王子様スマイルから、にやり、不敵な怪しい笑みに変わった。

そして、ふわり。
竜二は氷麗の唇から微かに移動し、氷麗の耳元で低く囁いた。

「氷麗…」

びくんっ

氷麗の体が跳ねる。


は、初めて名前で呼ばれた…。

それが合図となって氷麗も応える。


「竜二…先輩……」


「氷麗…お前、何か悩んでるのか…?」


知られたくない。


その感情が先立って、氷麗は押し黙ってしまう。


「俺には…言えない事か……?」

「いえ…そんなっ……」

竜二の力に乏しい声に氷麗はあわあわと慌てた。


「なんだ違うのか。それなら…言えるな?」

氷麗を押し倒したまま竜二が問う。

しまった…!そう思って顔を歪めるも、もう遅い。
氷麗のそんな表情を見て、竜二はまた怪しい笑みを浮かべるが、氷麗からはそれは見えない。


「あの…私が勝手にヤキモチ妬いただけですから…だから……きゃ…!」

頬に微かに口付けられて、氷麗は小さく悲鳴を上げる。


「可愛い……」

「可愛くなんかありません…!」

「可愛いよ…誰がなんと言おうと、な…」

かぁあ…

氷麗の頬に熱が集中する。氷麗は羞恥に耐え切れず、竜二から顔をそらす。

「氷麗…こっち見ろ。」

「い、いやです…。それに…私そんな資格ありません…。」

「ほう…。どういうことだ…?」

「…私、ヤキモチ妬いただけじゃなくて…竜二先輩は私のこと本当に好きなのかなって疑っちゃったんです…。だからそのっ……んっ…」

氷麗の言葉は竜二により中断される。

普段の優しい竜二からは考えられない強引なキスに氷麗は混乱せざるをえない。

「…こんな状況で俺がお前を好きかどうかなんて…よく疑えるな…。」

「えっと…その…」

「疑いたきゃ疑いな。その度に…ちゃんと教えてやるからさ…。俺がどれだけお前の事好きなのか、な。」

「…だって竜二先輩優しいから…。」

「……は?」

今度は竜二の目が見開かれる。そしてわけの分からないとでも言いたげな表情に変わった。

「先輩は優しいから…私に気を使って付き合ってくれたのかな…って…」

自分で言っていて悲しくなってきてしまい、最後まで言えず、氷麗はそのまま視線を竜二から逸らした。


「あのなぁ…」

溜め息交じりの竜二の声に氷麗はぎゅと目を瞑る。

その先は聞きたくない…!!

「お前が言うようにいちいち気なんか使ってたらキリねぇだろうが…。だから心配する必要は皆無だ。」

「……!」


それって…

私だけってこと……?


「それにお前は俺を買いかぶってる…。」

「へ…?」

「…俺は優しくなんかねぇよ。…むしろその逆だ。」
「………??」

「…俺は悪人だ。」

「…!!」

また耳元で低く囁かれ、氷麗の体はびくんと跳ねる。


「それにお前には優しくなんかできねぇし、する気もねぇからな?」

「竜二せんぱ…」

「お前は…そうやって優しい俺に騙されてればいいんだ…。」

今度は優しく口付けられて、氷麗は穏やかに目を細める。

竜二は先ほどの意地悪な瞳のままなのに、その仕草があまりにも優しいものだったかったから。



どっちが本当の先輩…?

優しくて

意地悪で

やっぱり優しくて…




氷麗は竜二の素顔に翻弄されながらも、とろけるような優しくて甘い口付けに酔いしれるのだった…。





fin.


* * * * *


続く!?

本当に書くかどうか分かりませんが(笑)←




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