『嘘つきの日』第3話
ペテン師の嘘
ブラックコーヒーにミルクが注がれるようだ
(竜二×氷麗)全1ページ
はぁ、思わず溜め息がこぼれた。
牛頭丸が相手だと、どうしても喧嘩腰になっちゃうのよね…。
反省反省。
数十分前に、事の真相を聞かされた氷麗は、思わず怒ってしまった事を素直に反省していた。
でも…
ちょっと嬉しかったな…。
牛頭丸私のこと嫌いではないのね…。
意外なことに、牛頭丸は自分を嫌ってはいないらしい。そのことを知って、どこか嬉しいと思う自分自身もまた意外だな、と氷麗は少しだけ眉を下げて笑った。
「あ…。もうこんな時間…。買い出しに行かなくちゃ!」
気がつけば時計の針は10時40分を指していた。氷麗は急いで支度をする。衣装だんすから、お気に入りのワンピースを取り出す。淡い水色に小花柄がプリントされた可愛らしいデザインだ。ワンピースの上にクリーム色のカーディガンを羽織り、トレードマークの白いマフラーを巻き直す。
今日はなんやかんやでいい日だもの。
お気に入りのワンピースを着ていたら、またいいことがあるかも。
茶色のバッグを肩に掛け、玄関でリボンがアクセントの靴を履いて、家を出た。
「いってきまーすっ!」
* * *
「ふぅ…。結構重いかも…。」
氷麗は両手にあるビニール袋を見て、苦笑を滲ませた。組の人数が多いだけに、買う量も必然的に大量になってしまうのだ。異色の目で見られるのは慣れたけれど、この重さには流石に慣れることはできない。
青も連れてくるんだった。
青田坊の手も借りたい…
むしろ青田坊の手"が"借りたい。そんなわけの分からないことわざを氷麗は頭に浮かべた。
「…こんな時こそ誰かいてくれたらいいのに。」
「…雪女…?」
「へ…?」
ふいに「ん?」と思った氷麗。はて、人間の中で自分をそう呼ぶ人物はいただろうか。俯いていた顔をゆっくり上げていくと、視界に映ったのは氷麗の見知った人物だった。
「…ん?」
氷麗は再び、ぱちぱちと瞬きを繰り返す。
目の前の男は、黒いシャツに、緑のデニムジャケットを羽織るといった、至ってシンプルな格好である。何等おかしい所など無いはずなのだ。しかし、それこそがおかしいのだ。なにゆえこの男は、こんな格好をしているのだろうか。はたまた人違いではないだろうか。氷麗は自分の目を疑った。
「陰陽師男…?」
「…花開院竜二だ。」
どうやら間違いではなかったらしい。氷麗は苦笑を小さく漏らした。
私、この人の着物姿しか見たことなかったから…。
へぇ……。
こうしていると他の人間と変わりはない。新鮮だなぁ、と思いながら氷麗は竜二をじっと見る。そんな氷麗の視線に竜二は微かに眉間に皺を寄せた。
「………こんな道端で…何をしている…?」
「あぁ…買い出しよ。」
「………太るぞ。」
竜二の視線は、氷麗の両手にあるビニール袋に注がれていた。それに気がついた氷麗は慌てて弁解をする。
「んなっ!?し、失礼ねっ!ひとりで食べられるわけないじゃないっ!これは組のもので、私は買い出しに来ただけよ!」
「…なんだ、意外に小食なのか。」
この男は………
人、否、雪女をなんだと思っているんだ。氷麗はキッと竜二を睨みつけた。しかし、竜二はそんなものは意にも介さない様子である。氷麗を見て、「ふん…。」と、鼻で笑い、軽くあしらうだけだった。
「…いいのか、そんな態度で。今日は陰陽師を労る日なんだぞ?」
「な…!」
一瞬、氷麗は声を漏らしたが、すぐに首を横に振る。
『今日はエイプリルフールでしょ♪』
馬頭丸の言葉が頭をよぎったのだ。
…危ない危ない。
うっかり騙されるところだったわ…。
「…"今日はエイプリルフールでしょ"。あなたの嘘には絶対騙されませんからね!」
「…ほう…?」
それに、竜二の嘘はエイプリルフールに限ることではないのだと思い出し、「まったく…。」と、氷麗は呆れ顔を作る。反対に竜二は、じっと氷麗を黙って見つめるだけだった。
「………。」
「何よ…?」
「…いや、そうしていると本当にただの女みたいだと思って、な…。」
「な…」
氷麗の頬に微かに朱が差す。
お、女ぁ…?
いきなりなんなのよ…?
なんだか…
なんていうか…。
むず痒い…。
…こ、…これも、嘘…?
「………なかなかどうしてうまく化けたな。」
「ばっ、化けっ…!?」
ずる、と氷麗は思わずずっこける。
「………そうだな…。…馬子にも衣装って言葉知ってるか?」
「もうっ…!本当に失礼ね!」
先刻、微かにでもどきりとしてしまった自分が恨めしい。…やっぱり失礼な男ね。それに…コイツといるとなんだか本当に調子狂っちゃう。
「…はいはい。じゃあな。」
竜二は氷麗の抗議の声を特に気に掛けるわけでもなく、氷麗にくるりと、あっさり背を向け、踵を返した。
あ…
ありえませぇぇんっ!!
自分は言うだけ言って、重い荷物を持って困ってる女の子を見捨てるなんて…。
人でなし!
…そりゃあ、手伝ってあげる義理はないんだろうけど……。
「う…。やっぱり重い…。」
両手の、ずしりとした重みに思わず呻き声が漏れてしまう。
「私の馬鹿ぁ……」
氷麗は涙目になりながら、うなだれ、かすれる声で呟いた。
「……持ってやろうか?」
「なっ…!」
顔を上げると、いつも通り無表情の竜二と目が合い、氷麗の金色の瞳は戸惑いを隠せない。
「帰ったんじゃなかったの!?」
そう問えば、「帰ってほしかったのか?」と返され、氷麗は慌てて口をつぐむ。竜二はそんな氷麗を見て、黙って氷麗の手からビニール袋をひとつ取った。
「あ…。」
「ったく…陰陽師を労る日だっていうのに…」
「………嘘つき。」
「騙されないんだからね。」と、照れ隠しにも似たように、氷麗はつん、と唇を尖らせる。
「………………。」
「………?」
「あ。UFO。」
「えっ!どこどこ!?」
・・・
*TO BE CONTINUED…
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