『嘘つきの日』第2話

不器用な嘘
意地っ張り同士なりに頑張りました
(牛頭丸×氷麗)全1ページ




時刻は午前10時。
馬頭丸と洗濯物を干し終え、談笑しながら、ご褒美を食べた氷麗。次の務めである庭掃除もようやく終わり、ふうっと息をついた。

「あ…。そうだわ…!」

氷麗は懐から、そっと包みを取り出した。包みを開けば、ころんと小さな金平糖。それは先ほど馬頭丸に頂いたもので、たくさんあったため、懐紙に包み、懐に入れたのだった。桃色に薄緑色、檸檬色…見た目も可愛らしいそれに、氷麗は思わず笑みを滲ませた。

一粒だけつまみ、口に入れると、ほんのり上品な甘さが広がった。

ころころと口の中で転がし、疲れを癒すその甘さに舌鼓を打っていると、頭上からふいに声が降りてきた。

「…雪んこー!」

「ご…牛頭丸…!」

見上げると、牛頭丸が木の枝に座り、自分を見下ろしているではないか。自分の天敵の姿に、氷麗は思わず顔をしかめた。あからさまな態度に、牛頭丸もムッとする。

「な…なによ…?」

「いいもん食ってるじゃねぇか。少しよこせ!」

「い、嫌よ!」

「ちょっとくらいいいじゃねぇか。」

「ダメよ!これはリクオ様にあげるんだから!」

"リクオ様"

氷麗が口を開けばこればっかりだ。
牛頭丸の機嫌はますます悪くなる。

「疲れていらっしゃるリクオ様に差し上げて、喜んでいただくんだから!」

「下心見え見えじゃねぇか!」

「な…!そんなんじゃないわよ!私はリクオ様の喜ぶ顔が見たいだけよ!少しでも疲れを取って頂きたいのよ!」

「リクオ様リクオ様うるせーっ!」

「何よ!アンタこそなんでいちいち私に絡んでくるのよ!!」

「な…」

思わず牛頭丸は押し黙る。

なんで雪んこなんかに構うのか…。
そんなこと考えたことなかったな…。

うーん…?

首を捻る牛頭丸。

「何よ…?急に黙ったりして…」

先ほどまで、勢い叫んでいた目の前の男が急に黙り込んでしまったものだから、すっかり調子のずれてしまった氷麗は、なんとも言えない表情を滲ませる。

雪んこに構う理由…。
雪んこに構う理由…。

「…だぁあ!!もうっ!!」

「ひぁっ!?なっ、何よ!また大声出して!びっくりするじゃないっ!!」

「構う理由!?知るか馬鹿野郎っ!!気になるもんは仕方ねぇだろうが!!」

「はぁあ!?わけが分からないわ!!」

いきなり一方的に罵られて、氷麗は抗議の声を上げる。

「牛頭丸なんて知らないっ!!」

「こっちこそ!お前なんて知るか!」

ふんっ、ふたりお互いに背を向ける。

氷麗は牛頭丸などお構いなしに、いつもより速いスピードで、ずんずんと歩みを進めた。

「…雪女、雪女、」

「今度は何よっ!?」

後ろから肩をポンと叩かれ、氷麗は、未だに収まらぬ怒りを滲ませながらも、振り向いた。

「って…あれ?…毛、毛倡妓…!」

そこにいたのは呆れたように苦笑いを浮かべる毛倡妓だった。

「こら、まぁた牛頭丸と喧嘩したわね?」

「み、見てたの!?」

「まぁね。」と、毛倡妓は笑った。

「あんたもさぁ…少しぐらい牛頭丸に優しくしてやったら?最初からあの態度じゃあ、牛頭丸も可哀想じゃないか。」

「う…。」

ごもっともな言い分に、氷麗は声をつまらせる。

「たまには仲良くしてやんなさいよ。あんたに悪気がないように、牛頭丸にも悪気はないんだからさ。」

「ね、おあいこ。」と、毛倡妓に宥められ、氷麗も少なからず反省する。

…私かなり嫌な女だったかも…。

謝ろう…。

「わ、私謝ってくる…!」

「いってらっしゃーい。くれぐれもまた喧嘩するんじゃないよー。………やれやれ…。」

駆け出した氷麗の背に、大きく手を振ると、毛倡妓は安堵の溜め息を零すのだった。



* * *



「牛頭丸っ…!」

「な…!なんだよ、そんなに急いで…。」

ハァハァ、と息を吐きながら、氷麗は言葉を紡ぐ。

「あ、あんたに…言い…たいことがあるのよっ…!」

「…奇遇だな。実は俺もお前に言いたいことがあるんだ…。」

もしかして…
牛頭丸も仲直りしてくれるつもりで…?

「お前…俺がなんでお前に絡むのかって、聞いただろ?」

「え、ええ。」

「あのな…それは…」

「それは…?」

「それは…。……っ!……お前が大嫌いだからだ!!」

「はっ、はぁあ!?」

いきなり大嫌いなどと言われて、謝りに来た氷麗は、当然の如く怒る。

「だから!お前が大嫌いだからだって言ってるだろ!?」

「な、なんなのよ一体!!やっぱり牛頭丸なんて知らないっ!!」

「はぁっ!?」

牛頭丸の間抜けな声など、もはやなんのその。本格的に頭に来た氷麗は、牛頭丸に背を向け、歩いていってしまった。

「な、待ちやがれ雪んこっ!…ったくなんで怒るんだよ!?」

「あーあー。あれは結構本気で怒ってるよ雪女。」

「馬頭丸…てめぇ…」

そもそも、牛頭丸に「大嫌い」と言うように勧めたのは馬頭丸なのである。しかし、どうであろう。当の本人は、「失敗しちゃったね〜牛頭〜」と、呑気に笑っているではないか。

「お前のせいだろうが!!つか、大嫌いなんて言って、喜ぶ奴いるか!!お前がそう言えってしつこく言うから俺はだなー…」

「だって僕が言ったら喜んでくれたよー?」

「は?」

「今日はエイプリルフールだよ。だから"大嫌い"っていうのは嘘で、その反対。」

「"大好き"ってことなんだよー」馬頭丸は朗らかに笑った。

「な…!?」

牛頭丸の顔はみるみると真っ赤に染め上げられていく。

「お前…よくもっ…」

尋常じゃない恥ずかしさから、瞳にうっすら涙まで滲んでいる始末だ。

「まぁまぁ、今日はエイプリルフールだし、許してよ。」

「許せるかぁあっ!!」


「…あら。牛頭丸、まぁた雪女と喧嘩したのかい?あの子も意地っ張りだからねぇ…。」

「毛倡妓…!」

牛頭丸は、全く反省の色が無い馬頭丸に拳骨をひとつ落とすと、毛倡妓に事の成り行きを話した。

「…雪女は喧嘩中だったから本気にしちゃったのね。」

「事情を話せば大丈夫。」と、毛倡妓が優しく微笑む。

「………。」

「じゃなかったら牛頭フラれちゃったってことだよねー。」

「うるせーっ!…って……ん?」

足下に白い包みが落ちているのを見つけ、牛頭丸は屈んでそれを拾い上げた。

「これは…」

包みを開くとそこには、5、6粒ほどの淡く色付いた金平糖。

一粒口に含むと、優しい甘さが広がった。

「甘…」



TO BE CONTINUED…






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