何か…

何かあるはずだ…。

こいつを強くしている何かが…!



竜二さんの誤算(後編)
竜二流・計算外の対処法
(竜二×氷麗)全1ページ




「雪女…何してる。さっさとやれ…。」

竜二は豪火を打ち消しながら、後ろで、ずぶ濡れになった着物の裾を絞っている氷麗に目配せする。

「もうっ…!…呪いの吹雪!雪化粧!」


氷麗の吐息は真白な白雪となり、一筋の吹雪として龍に向かっていく。

「ふふっ…おまけよ!」

氷麗は浴びた水を冷風で吹き飛ばす。飛沫も氷麗にかかれば、吹雪に変わる。氷の飛礫となったそれは、吐息とともに、龍めがけて向かっていった。
しかし、龍はくるくると旋回飛行しながら、器用によけていく。


やはり…

速い…。


竜二は龍の動きを静かに見る。

「あれは翡翠…か。」

一瞬、龍の額にある翡翠のような宝玉が青緑に強く光った気がしたが…。あれは…龍のスピードが上がった時…か。

あの翡翠が奴を強くしているってことは決まりだな…。速さだけじゃない。…邪気がうまくコントロールされてやがる。気配も、姿すら…消すことさえできるかもしれねぇ…。…さっさとあれを破壊しなくては…。

…だが、

こんな闇夜に額の宝玉が見えるわけがない。俺も一瞬の光としか確認できなかった。見えるとすれば龍のスピードが上がる前…。いや…

「餓狼!」

狼の顔をした激流の水が、まるで挑発でもするかのように、龍めがけて次々に放たれる。

「雪女の雪だけよけりゃぁいいと思ったか?…水だってお前の吹く火と共にお前のことも狙うことができるんだぜ。」

「グオ…!!」

「…ほらよ。速さ比べといこうじゃねぇか。…さて、お前の動きと俺の餓狼…どちらが速いかな…?」

一瞬強く額の翡翠を輝かせ、雪女の吹雪同様、水を旋回飛行で器用によけて行く蟠龍。竜二の水はなかなか当たらない。水をよけようと、龍はどんどん天空へと高く飛び立つ。それを追いかける水は、いつしか天に長く伸びる柱のように、闇夜に飛沫を上げ、聳え立った。

「…あれは…!」

氷麗は夜空に聳え立つ水の柱を目を見開き、見上げる。

「フン…」

驚愕の表情を見せる氷麗とは裏腹に、竜二は鼻で軽く笑う。

「グォオ…!」

「…囲え…水楼。」

「グォオオ…!!」

幾多の水の柱は龍の周りを囲い、動きを封じた。


(見えるとすれば龍のスピードが上がる前…。いや…)


動きを封じりゃいいだけじゃねぇか。


「はなからテメェと速さ比べつもりなんかなかったんだよ。言ったはずだ…"餓狼"と…。」

"喰らえ"

そう言わなかった時点で、竜二にそのつもりがなかったことに、なぜ気がつかなかったのだろう。これもひとつの演技で、闘い方。誰もが彼の言葉に囚われ、不思議とのまれてしまう。まるで彼の言葉全てが正しいかのように。誰も違和感を感じやしないのだ。流石は策士…。氷麗はじっと竜二を見た。

「…なんだ。」

「な、なんでもないわよっ!」

「………。…雪女…額を狙え…!あそこが奴の急所だ!」

「…任せて!ふふっ…とっておきのをあげるわ!……我が身にまといし眷属氷結せよ!」

ヒョオオオ…

冷気が、吹雪が、
雪女の周りを取り巻く。

思わず竜二は小さく身震いした。

「…客人(まれびと)を冷たくもてなせ。闇に白く輝け。凍てつく風に畏れおののけ!!呪いの吹雪、風声鶴麗!!」

大量の冷気と吹雪が、一気に龍の額にぶつけられた。

「ギャオオォゥ…!!」

額の翡翠を破壊され、蟠龍は断末魔の叫びを上げる。

「やったわ…!」

「!!…馬鹿!!!」

「へ…」

最後の悪足掻き…
そう言わんばかりに、龍は息絶える前にひとつ豪火球を吹き出した。龍は上に捕らえられているため、その火は落下してくる形になる。火を吹いた龍は消え、代わりに式神と思われる紙札が、共に下に落ちていった。

式神発動は間に合わない…!

くそっ…

こうなったら…

「きゃ!?」

「…っ……!」

竜二が氷麗を庇い、覆い被さる形で、地面に倒れ込んだ。

「あ…あの…」

「ったく…どんくさい奴…。」

「あ…ありがと…。」

…ほう。
珍しいものだ。
雪女が反論してこないなんてな…。

お礼を言われて、素直に喜べないのが竜二である。ムキになって反論してこない氷麗に、つい物足りなさを感じてしまう。それが、竜二の悪戯心に小さく火をつけた。

「……………。……痛っ」

「!?…あっ、もしかして火傷したんじゃ…!はわわっ…どうしましょう…!?」

竜二は、予想通り慌てる雪女を無言で見つめた後、笑みが漏れそうになるのを堪えて、いつものポーカーフェイスを作り、種明かし。

「……………。……なんてな。」

「は…?」

鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしている氷麗に、また竜二は笑みが漏れそうになる。

「火傷はしちゃいないが…。…もう少しで俺は本当に火達磨になっていた。…これがなきゃな。」

「水の結界…。」

竜二の背中は水の結界が纏われていた。

「結界は俺の本業じゃないからな…。まぁ、運が良かったとでも思うか。」

そう、竜二は言うと、氷麗にくるりと背を向け、地面に落ちた、紙札と化した以前は龍だったものをそっと拾い上げた。

式神…か…。
一体どこの者が…。

それに…
翡翠の謎も解けていない…。

…調べることが山程ありそうだ…。

竜二は紙札に結界を張り、聖水の入った竹筒を保管箱代わりに、それを入れた。そして、そのまま眉間に皺を寄せ、考えを巡らせていると、背後からおずおずと声が掛かる。

「…あ、あのっ…ありがとう…。」

「………別に。お前のためなんかじゃねぇよ。人に危害を加える妖怪は黒だ。ただ利害が一致しただけのこと。だから礼はいらねぇ。それに…」

「?」

「…雪女が豪火に溶けたのを土産に帰るのは、後味悪いからな。」

「夢にまで出たらどうしてくれる。」、竜二がそう付け加えると、氷麗はいかにもまぬけそうに、面食らった顔をした。しかし、それはすぐに微笑みに変わる。

「…ふふっ…」

「ー…?…何がおかしい…?」

予想外の反応に、竜二は怪訝そうに眉間に皺を寄せる。それを見た氷麗は、穏やかに笑みを深めた。

「それも…そうかもしれないなって思っただけよ。ふふっ…助けてくれてありがとう!」

「…………あっそ…。好きに受け取って下さい。」

「はい♪」

なんとなく…
なんとなく居心地が悪くて、いたたまれなくて、竜二はふい、と外方を向いた。
クスリ。

氷麗から小さく笑いが漏れた。


いったい…

これはどういうことだ…?

俺が暇潰し程度にからかうのを、いつもムキになって怒ってたくせに。
というか、俺の嘘にいつも騙されていたじゃねぇか。
いや、先刻のそれは嘘ではないが…。

しかし…

なんだって今は、そんな余裕な顔をしている…?

したり顔が憎たらしい。

"あの主にこの側近頭あり"

といった所だろうか。

揃いも揃って生意気な奴等だ。

雪女め…

後で覚えていろよ…。


竜二は極力表情を変えずに、氷麗にちらりと視線を送る。すると、あからさまに余裕たっぷりな笑みを返された。


あぁ…

別に…

"後で"じゃなくてもいいだろう。

竜二は青筋を立て、ひくつく笑みを浮かべ、懐を探る。

「…おい。」

「はい?」

「滅。」

「きゃああああ!?」

懐から取り出した2枚の紙切れを氷麗の額に当てると、案の定慌てるものだから、予想通りすぎて、おかしくて、竜二は思わず笑みを滲ませた。

きゃあきゃあ騒ぐ氷麗を見ているうちに竜二の笑みはいつもの不敵なものに代わり、完全に上下逆となったのは言うまでもない。

してやったり。

今度は竜二がしたり顔をする。

「土産だ。精々気を付けて帰れよ。ばーか。」


ひらり。
2枚の紙切れが宙を舞った。



* * *



本当…

素直じゃない。

我ながらそう思うが、こんな性分なのだから仕方ないだろう。

なんとでも言えばいい。

自分の事は自分が1番知っている。

嘘つき?

これが俺の本職だ。

…と、

言ったらアイツは、いとも簡単に騙されるんだろうな。
まぁ、あながちこれは間違ってはいないが。

今ごろ怒りをむき出しにして、ギャーギャー騒いでいるだろう女を目に浮かべ、竜二は歩みを進める。

思わず笑みがこぼれた。

「…違いねぇ。」

笑みと共にこぼれた白い吐息は、静かに闇夜に紛れ、人知れず溶け込んでいった。



竜二流・計算外の対処法

もちろん全て嘘で返します。




END.






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