知らなかった。
否
夢にも思わなかったんだろうな。
竜二さんの誤算(前編)
竜二流・計算外の対処法
(竜二×氷麗)全1ページ
「げ。」
あからさまに失礼な態度を取るのは、奴良リクオの側近雪女。
竜二も微かに眉間に皺を寄せる。
「…何をしている。」
「あ…あんたに教える義理はないわ。」
「ほう…。主に見とれた誰かさんを助けたのは誰だったかな?」
「!あ…あれは…その、感謝してるけど…!」
顔を赤く染めて怒る雪女だが、すぐさま顔面蒼白にし、身震いしている。蒸発させられそうになったことでも思い出したのだろう。
「やっぱりしないけど…!」
「…どっちだよ。」
半ば呆れ顔で、あからさまな溜め息をつくと、金色の双眼でキッと睨み付けられた。しかし、ちょっとやそっとじゃ顔色を変えないのが竜二である。氷麗からしてみれば、謝罪のひとつも無く、いつも通りポーカフェイスを崩さない竜二が余計に腹立たしいというものなのだが。助けてもらった事には変わりはない。少々ためらわれたが、しばらくして氷麗は口を開いた。陰陽師…否、この目の前にいる男に助けられたという事実がいささか恥ずかしく感じられたため、視線は竜二から逸らされている。
「………見回り。」
その言葉を返事と受け取り、竜二は「ほー」と相づちを打つ。
「今…この町にうちの組の者ではない妖怪が潜んでいるらしいの…。」
「妖怪が妖怪退治ね〜…」
そりゃ、滑稽だ。
竜二は軽く嘲笑うように氷麗を見つめる。小馬鹿にされた氷麗はむっとして口を尖らせる。幼子のようなそれに、竜二は吹き出しそうになるのを抑えた。妖怪の寿命は長い。雪女とて例外ではない。実年齢はそう年は取っていないということらしいが、定かではない。しかし、あどけなさの残る面影にその仕草は余りに合っていた。
「何よ…」
「…いや。…で?その妖怪とやらは見つかったのか?」
「それが…見当たらないのよね…。」
「…なんだ。つまらない。一石二鳥の如く、お前ごと滅してやるところだったんだが…。」
「一匹逃したか。」と、竜二は顎に手を当て、思案するポーズをとる。
「な…!なぁんですってぇえ〜〜」
予想通り、ムキになって反応し、自分から距離を取り、戦闘体制に入る氷麗を尻目に、「冗談だ。」と、竜二は軽く笑う。
冷気を纏う雪女のくせに、簡単に乗せられ、白雪の頬を赤くほてらせるため、からかうのもまた一興だ。
「俺も…妖怪を探しに来たんだよ…。」
「…?」
「人間を脅かす妖怪をな…。…喰らえ餓狼!」
「!!」
竜二は羽織り裏から素早く竹筒を抜き取り、式神を繰り出した。狼の顔をした水が、流星の如き速さで、勢い良く前方に弾け飛ぶ。閃光とも言えるそれは、氷麗すぐ横をかすめた。青みの入った黒炭の長い髪がはらりと舞い、滴が滴る。氷麗は目を見開いた。
「チィッ…かわしたか…。」
竜二の視線の先…。
氷麗は恐る恐る振り返り、すっかり黒く染まった空を見上げた。
「なっ…あれは……龍…!?」
とぐろを巻いた龍が豪火を口から覗かせ、こちらを睨んでいるではないか。竜二の餓狼により、蒸発したのだろう、龍の近辺は白い煙が立ち上ぼっている。
「さしずめ蟠龍といったところか…。天に昇れぬ哀れな妖だ。」
だが…
思ったより力が強い。
駿足の餓狼をかわすとは…。
何かがこいつをより強くしている…?
「グォオオ…」
赤い目を光らせ、低く唸るそれを竜二は見定めるように、冷静に観察していく。
「…龍には氷が効くと言うわ…。」
「………。」
「でも…火を吹かれては、氷はたやすく溶けてしまう…。陰陽師…」
「…いいだろう。奴が吹いた火は俺が消してやる。」
「!」
「…代わりにお前が氷の飛礫で奴の急所を狙え…。さっさと仕留めるぞ…。」
「ええ…!」
「話は決まりだ…。いくぞ…。」
「はいっ!」
「ギャオウ…」
「喰らえ餓狼…!」
龍が吹いていく豪火球に餓狼で向かいうち、狙いを定め、次々と正確に打ち消していく。百発百中。流石天才と謳われる陰陽師だ。
「きゃ!あちちっ」
一方、まぬけな声を上げているのは氷麗。雪女であるゆえ、熱に弱い彼女ははらはらと降って来る火の粉から逃げ惑う。まるで砂漠をのたまわるミミズのようなそれに、竜二は呆れ顔で氷麗を見やる。
「ったく…!何やってんだ雪女ぁ!」
「あちっ…み、水ぅう!」
「ほらっ!」
竜二は、竹筒を一本取り出すと、空高く放り投げ、餓狼で破壊した。たちまち水飛沫が上がり、氷麗の頭上に豪雨が降る。
「きゃああっ!」
ずぶ濡れになった氷麗。これで火の粉に対する心配はなくなったものの…流石は竜二。なんとも卑劣なやり方である。
氷麗のことはなんのその。顔色ひとつ変えず、豪火球を打ち消しながら、竜二は蟠龍の周りを冷静に観察し続ける。
何か…
何かあるはずだ…。
こいつを強くしている何かが…!
*TO BE CONTINUED…
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